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06

「ねえ。お姉ちゃん、だれ?」

 ルミナの体の後ろから、少女がコニカに向かっておずおずと尋ねた。見た目よりも、しゃべり方は少し幼い感じがする。十二、三歳ごろのような印象を受けたが、もしかすると、実年齢はもう少し低めなのかもしれない。

「んー? 私の名前はねー、コニカって言うのよ」

 腰をかがめて少女と同じ目線になり、コニカがにこりと笑いかける。その笑顔に安心したのか、少女の表情が少しだけ柔らかくなった。

「……。私はね、ナミっていうの」

「そう、ナミちゃんて言うのね。可愛い名前だねー」

 名前を教えてもらったことがうれしいのか、コニカはにこにこと上機嫌で笑いながら、ナミの頭を何度も何度もなでる。いつの間にか、ナミはジャケットの裾から手を離し、隠れていたルミナの体の影から出てきていた。

「あら、もうあんなに仲良くなっちゃうなんて。私でも、慣れてくれるまで結構時間かかったのになー。もうさ、賞金稼ぎなんかやめさせて、保育園にでも務めさせたらどうなんだい? 学校の先生とかも、案外似合うかもね」

 にこやかに会話する二人を見ながら、ルミナがにやりと口の端を釣り上げる。

「無理だよ、ガイノイドなんかを保母に雇う保育園が、一体どこにあるんだよ」

「まー、そうだけどね」

 コウキに冷静に突っ込まれて、ルミナはあははと笑った。


「ところで――」

 にこやかに話すコニカとナミの二人には聞こえないように、コウキはルミナにそっと耳打ちした。

「訳ありってのは、どういうことだ? 見たところ、普通の女の子にしか感じないが……」

「ああ、その話ね」

 くるりと身を翻してルミナはもう一度机に飛び乗り、すとんと腰かける。その状態でポケットから煙草のケースを取り出し、一本口にくわえた。

「あんた、本当に何も分からないのかい? もっと良く見てみなよ」

 ライターで火をともし、肺まで煙を吸い込む。その濃密な味と香りを楽しみ、ゆっくりと吐きだす。満足そうに笑みをもらすルミナではあったが、コウキはそれを見て、少し顔をしかめた。昔から、煙草の臭いだけは慣れないのだ。

 どうせ何を言っても、ルミナは煙草をやめることがない事を、すでにコウキは理解している。小さくため息をつき、ルミナにいわれた通りに、もう一度少女をしっかり観察してみた。

 見たところ、特に変わったところは見られない。ノースリーブのワンピースに包まれた肢体は華奢で、身長はあまり高くない方ではあるが、それは平均に比べての話であって、しっかりと年齢に相応な発育状況には達している。陶器のような白い肌はなめらかで、小さな引っかき傷ですらどこにも見当たらない。よっぽど大切に育てられていたのだろうか?


 ――いや、それはおかしい。

   この時代、傷跡のない人間など、いるはずがないのである。


「――まさか、いやそんなことは……」

「残念ながら、事実だよ」

 突然うろたえ始めるコウキに、ルミナが短く告げた。

「私も最初は、どう考えてもあり得ないことだと思った。それで、すぐに検査をしてみたんだけどね、結局それは、自分の仮説を裏付けることになったにすぎなかったのさ」

 吐きだされた紫煙はくるくると揺らめきながら立ち上り、そして霞みと消える。それをぼんやりと見つめながら、ルミナは煙草を灰皿に押しつけた。

「じゃあ、あのは……」

「そう、」

 灰を落とした煙草をもう一度くわえ直し、まるで独り言のように呟いた。

「もう復活は不可能だと言われて続けていた、欠陥のない完全な人間。つまり、『純潔体イノセンス』さね」



 オフィスから自宅へと戻る道すがら、コウキの頭をめぐっていたのは、ルミナの言葉とあの少女の姿だった。

 ナミという少女が、不可能と言われていた『純潔体イノセンス』であるという事。師匠の言うこととはいえ、はじめは否定したくなるような突拍子もない話だったが、冷静になってよくよく考えてみると、彼女の外見は確かにその仮説を裏付けるものだった。

 たとえば、その黒髪と黒い瞳。あれはかつて、日本人を含むモンゴロイド大人種に特有の形質だったはず。遺伝子操作によって、頭髪の色も虹彩の色も自由に変えることのできるようになったせいで、今となってはその形質を両方備えている者をほとんど見かけない。それらの形質を伝える遺伝子が、あらかた失われてしまったからだ。ルミナの髪の毛は明るい茶色であるし、淡い緑色の髪を持つコニカが、街中で目立つということもないくらいである。たまに黒い髪や瞳を持つ者がいたとしても、それはコウキが黒髪であるように、片方だけの形質をもつものであることがほとんどであるのだ。

 そしてもう一つ。傷跡一つないなめらかな肌が、どうしても気にかかってしまう。

 百年前に起こったとされる、世界規模の遺伝子消失ジェニック・ディスアピアレンス。何の前触れもなく、大量に出産された『発生異常の赤ん坊』。あるモノは腕がなく、あるモノは足がなく、あるモノは内臓の一部がなく……。重要な器官を欠損して生まれてくる子供は、胎児の段階ですでに死亡しているため、出生率は大幅に低下した。

 世界の人口を半減させたとまで言われるこの突発的な先天性身体欠損症は、度重なる遺伝子操作の影響によるものだと考えられている。何度も手の入れられた遺伝子が突然変異を起こし、積り溜まったその変化が形質異常を起こしたのであろう。

 それからは、狂った遺伝子を元に戻そうと、何度も何度も実験が繰り返された。しかし、一度かみ合わなくなった歯車は、二度と元に戻ることはなかった。人間の体を好きに作りかえることなど、結局人間の手に負えるような代物ではなかったのだ。

 太陽に近づきすぎたイカロスは、その羽を溶かされ、ついに海に落ちて死ぬ。神の領域へ土足で踏み込んだ人間は、果たして大きなしっぺ返しを食らったのであった。

 もちろん、コウキやルミナをはじめとする現在の人間も、同じことである。例をあげるなら、コウキはその左腕と両目を、ルミナは両足を欠いて生まれてきた。そしてその足りない部分は普通、義肢によって補われている。技術の進歩により、生体と神経で連結することで自由に動かせるようになった義肢である。

 だがしかし、本物と見紛うほど精巧に作られた義肢であっても、結局のところ人工物にすぎない。生体に合わせて成長することはできないし、定期的なメンテナンスも必要になる。そしてもう一つ、生体と義肢との接合部は、どんなに上手く隠したとしても、目立たないようにすることで限界なのである。つまり、今いる人間は体のどこかに、義肢と生体との接合部となる傷跡があるはずなのだ。

 仮に、ナミが四肢欠損ではなく、臓器のどこかを欠損しているだけだと考えてみたとしても。それとモンゴロイド大人種の形質が同時に発現する可能性は、限りなくゼロに近い。しかも、検査したのがあのルミナである。わずかな臓器欠損であろうと見落としてしまうような、節穴な目ではないだろう。

 そう考えるとやはり……。

 それならば、一体誰が……?


「マスター、どうされました?」

 ふと横を見れば、コニカが心配そうに顔を覗き込んでいた。どうも、かなり長い時間黙りこんでいたらしい。

 どこをどう歩いたのか、いつの間にやら二人が借りているマンションまでたどり着いていた。

「…………」

 コウキは返事することもなく、ただ黙ったままエレベーターに乗り込んだ。部屋のある十二階のボタンを押す。コニカも何も言わず、それに従った。

 コウキは迷っていた。ルミナから聞いた話を、コニカにも話すべきかと。しかし、あんなに仲良く話していたナミに対して、偏見を持って接してほしくはない。ただの少女として、あの子に接してほしい。


 ――偏見を持って接する?

   一体、自分はなんの心配をしているんだろうか?


 どれだけ人間のようにふるまおうと、所詮は人間ではないただのガイノイド。感情を持つとはいえど、それは本物リアルではないただの紛い物フェイク。元をたどれば機械人形にすぎないコニカに、何を心配する必要があるのだろうか?

「……ばかばかしい」

 突然自分の中で沸き起こった、説明のできない奇妙な感情に、コウキは独り毒づいた。

 言うべきか、言わざるべきか、そのような問題ではない。もとより択一な選択肢しかなかったはず。つまり、言うよりほかに何もない。一体、何に迷っていたのだろうか?

「コニカ、お前に伝えておくことがある」

 部屋に入り、外に声が万が一にも漏れないように確かめてから、コウキはおもむろに話を切り出した。

「先に言っておくが、今から話すことは第一級機密事項とする。何があっても、他言無用だ。たとえ政府から情報開示を求められようが、な」

「了解しました、マスター」

 コニカはコーヒーのそそがれたカップを盆にのせ、部屋に備え付けられたシステムキッチンからゆっくりと出てきた。湯気の立つカップをコウキの前に置き、そして彼の座っているテーブルの反対側に、対面して座った。

「先に聞いておくが、お前は『純潔体イノセンス』が何を意味しているか知っているか?」

 コニカはまっすぐにうなずく。

「はい、データ内に定義が存在します。『純潔体イノセンス』、今は失われし、完全なる人間の子供のことです。遺伝子に人間が手を入れる前の存在であるとするため、純潔体と呼ばれています。ただし現在では、かつての遺伝子情報を復元することは難しく、基本的に生み出すことは不可能であったはずです」

「そう、その通りだ。だが」

 いったん言葉を区切り、両手を組んで机の上に乗せる。

「もしも、その不可能なモノが存在していたら?」

「……、それはどういう意味です?」

 コニカがきき返してくる。当然だろう、機械には言外に含まれた意図をくみ取ることはできない。コウキはもう一度口を開く。

「つまり――」

 しかし、その言葉の終わりを、コニカが知ることはできなかった。

 続きを遮るかのように突然、コートのポケットに突っ込んであるコウキの通信端末が、けたたましい音を立てて鳴り響いたのだ。

 悪態をつきながら端末を取り出すコウキは、しかしディスプレイに表示された名前を見て、その表情を変えた。

 発信元は、ルミナの非常用端末。通信用ではなく、自分の身に起こった非常事態を誰かに伝えるためだけにある、最終連絡手段。


 その意味するところは、つまり――。


「コニカ、話は後だ。行くぞ!」

「イエス、マスター」

 まさに突風のように飛び出してゆく二人。

 部屋には、一口も飲まれることのなかったコーヒーが取り残され、そしてゆっくりと冷めていくだけだった。

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