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05

「いい加減、コウちゃんはやめてほしいんだけど」

 ただでさえ不機嫌そうなコウキの表情が、ルミナの言葉を聞くなり、さらに険しくなる。その隣でコニカは、笑いたいような、笑えないような、微妙な表情を浮かべていた。

「いいじゃないか、コウちゃんで。まったく、つれないねェ。師匠に合わせないなんて、ホントにろくでもない弟子だ」

 コウキを弄ぶのがさも面白いかのように、ルミナは唇の端を釣り上げる。切れ長の涼しげな眼もとは緩み、紅い瞳はいたずらっぽい光をいっぱいにたたえていた。首に巻いた黒革のチョーカーが、彼女の見た目を大人っぽく感じさせているのにも関わらず、その表情は彼女の印象を、限りなく子供じみたそれへと近づけている。大人と子供の相反する要素を併せ持つ女性、それがルミナだった。

「よく言う、自分が一番ろくでもないくせに……」

 聞こえないようにぼそりと呟いたコウキだったが、ルミナは素早く反応した。

「――なんか、文句でもある?」

「いえ、何も」

 ギロリと睨みつけられて、コウキはすぐさま発言を取り消した。あのままでは自分自身が消されかねない。過去の修業時代に刷り込まれたトラウマは、簡単に消えることはないのである。

 苦虫をかみつぶしたかのような顔をしているコウキを見て、ルミナは満足げな笑みを浮かべ、座っていたデスクから飛び降りた。

「それで、今日はわざわざ嫌味を言われに来たってわけじゃないんでしょう? ちゃんと連絡は届いてるよ。トウマ・アラキの捕獲依頼、完了の手続きに来たんでしょ?」

「知ってるんなら、さっさとはじめてくれよ」

 アイディーカードをかざしながら、せかすようにコウキが言う。しかしルミナは、カードを受け取らずにコウキに近づいて行って、おもむろに彼のわき腹に手を触れた。

 いや、訂正。無言のまま、力の限りひっぱたいた。


「ぐえっ!」


 予想外の行動に、コウキは思わず飛び上がった。それも当り前だ、昨夜の戦闘で肋骨を骨折しているのだから。むしろ、今まで顔色一つ変えることなく過ごしていた精神力こそ、称賛に値する。

「マ、マスター! 大丈夫ですか!? ルミナさん、マスターは今、肋骨を――!」

「分かってる、分かってるよ。連絡は届いてるって言ったじゃないの、こいつの今の状態も把握してるわよ」

 叫ぶコニカに右手を差し出し、口をふさぐように指示しながら、改めてコウキの目の前に移動した。わき腹を抱え込んで呻くコウキの顔を覗き込み、すっと表情を引き締める。

「全部聞いたさ、また無茶苦茶やったんだって?」

「…………」

 真剣な表情で問いかけるルミナに、コウキはまともに視線を合わせられない。今回はうまく捕らえることができたが、一歩間違えば命を落としていたであろうことは自覚していたからだ。命を博打に賭けることが一流の賞金稼ぎではないと、常々ルミナに言われ続けていたからだ。

「ったく、このバカ弟子は分かってるようで分かってないんだねェ。あんたが死んだら、コニカちゃんは誰が引き取るんだい? スクラップにでも出せってのかい?」

「いや、そこはルミナが……」

「呼び捨てにするな、たわけ。だからバカ弟子だってんだよ、なんにも分かっちゃいない。あんたがいなくなるってことが、それ自体がコニカちゃんにとっては一大事なのさ。ずっと言い続けてるだろ? あんたの命、自分だけのものだと思うなってさ」

 そう言って、ルミナは顔の右側に垂れ下がっていた髪の毛を、後ろの方へ掻き上げる。そこには、痛々しい古傷の跡が真一文字に、頬を横切っていた。

「この話は何度もしたはずだよ。重荷を背負って生きていくのは私だけでいい。あんたには、私と同じ失敗はして欲しくないのさ」

「……分かったよ」

 いかにもしぶしぶといった感じではあったが、それでも一応はうなずいたコウキを見て、ルミナは満足げに笑った。

「よーしよし、分かればよろしい!」

 自分の用事は済んだとばかりに、コウキが手に持っているカードをひったくるようにして、ルミナはデスクの方に歩いていく。そして、電話の横に置いてあった白い長方形の機械に、そのカードを差し込んだ。カードに内蔵されたチップにデータが書き込まれ、今回の賞金が振り込まれる。

 賞金稼ぎのシステムは、それを利用した二次犯罪が起こらぬよう、少々複雑になっている。第一に、誰でも賞金稼ぎとして登録できるというわけではないということだ。オフィスごとに若干差異はあるものの、その個人の能力を何らかのテストによって認められない限り、賞金稼ぎとしてオフィスに認められることはない。

 そして、オフィスに認められない限り、賞金稼ぎとして生きていくことはできないようになっている。それが第二の仕組みである。基本的に、賞金首の引き渡しなどは警察などの国家機関が行うが、賞金の配布や依頼の受け付けなどはオフィスが担当する。それらのやり取りの全てにおいて、オフィス登録の証明として得られるアイディーカードが必須となるからである。

 また、賞金首を追う賞金稼ぎ同士の衝突を防ぐ意味として、一度に登録できる人数が依頼事に決まっている。依頼を完了して賞金を得ることができるのは、登録していたものだけなのだ。

「はいよ、これで依頼完了さね。ご苦労さん」

 機械から取り出したカードを、コウキに返す。コウキは受け取ったカードをしばらくの間見つめていたが、すっとコートの内ポケットにしまいこんだ。

「他に何か用事はあるかい?」

「ああ、左腕の義肢の調子が、少しだけ悪い。今回の賞金で、当面の生活費は賄えるだろうからな、今の内に診ておいてもらいたいんだ。あと……」

「分かってる、例の特殊弾を使ったんでしょうが? それもすでに注文済みだよ、明日には届くはずさね。取りに来るといいよ」

「それから、コニカのオーバーホールもしておきたいんだが。何しろ少し特殊だからな、あいつは」

 コウキの言葉に合わせて、コニカが頭を下げる。

「分かった、それも手配しておくよ。知り合いに腕のいい機械技師がいるからさ、そいつに頼めば、まず間違いないだろうからね」

「ありがとうございます」

 コニカは深々と頭を下げる。ゆっくりと顔を上げる彼女に向かって、ルミナは片目をつぶって見せた。


「――ん?」

 突然、何かに気づいたように、コウキはおもむろにルミナから視線をそらした。その見つめる先は、オフィスのフロントよりも奥につながる部屋への扉であった。

 一人の少女が、扉の隙間から部屋の様子をうかがっていたのである。年のころは十二、三歳ごろだろうか、まだまだ幼い雰囲気を残している。

「ルミナ、あんた、いつ子供なんかつくったんだ? 俺、そんな話は聞いたことないんだが」

「うん? ……ああ」

 コウキの視線の先を見て、ルミナが大きくうなずいた。

「あの子は私の子供じゃないよ。色々訳があってね、二、三日前からとりあえず私が預かってるのさ。――ほら、こっちおいで」

 手招きして、少女を呼ぶ。黒髪の少女は、少しためらってから、小走りでルミナのそばに駆け寄った。そして、自分の小さな体をルミナの影に隠し、彼女のスーツのジャケットをしっかと握りしめた。その体勢から頭だけをひょっこり覗かせて、恐る恐るコウキとコニカの二人を観察している。相当な人見知りなのだろう、何もしゃべろうともしない。

「か、可愛いですねー」

 顔中をだらしなく緩めて、コニカがまったりと呟いた。両手をぱたぱたと動かし、抱きしめたいのを必死でこらえているかのような状態だ。

「可愛いだって? コニカ、おまえはまた何を言ってるんだ?」

「ちょっとマスター、何言ってるんだはないでしょう。すごく可愛いじゃないですか」

 呆れたように言うコウキに、コニカはむすっとして反論する。その表情といったら、彼女が人間でないことを示すために装備された、側頭部から覗く細長い台形型のアンテナさえなければ、誰だって彼女が人間だということを信じて疑わないだろう。いくら感情回路が一般に普及した現在であったとしても、ここまで感情豊かなガイノイドがあるはずがない。

「……まったく、やたら人間臭くなってきたと思ったら。今度は母性本能じみたもんまで、身につけやがる」

 頭をがりがり掻きながら、溜息とともにぼやいた。

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