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03

「クリア」

 銃声の鳴り止んだ通路の真ん中に立つ、一人の女性。淡い緑色のロングヘアが、勢い余ってふわりと宙に舞う。

「コニカ、ダメージは?」

 辺りの様子を窺いながら、柱の陰から姿を現すコウキに、

「ありません、マスター」

 突然現れた女性、もといコニカは、淡々とした口調で返す。

 彼女の周りには、白目をむいた男が四人、泡を吹いてひっくり返っていた。出血もなく、一見して無傷のようだが、よく見ると全員の体のどこかに、鋭い針のようなものが刺さっている。それは鋼のワイヤーで、コニカの手首に文字通り繋がっていた。

 いや、正しくは『コニカの手首から射出されたワイヤーの先に、鋭い針が装着されている』と、そういうことであろう。肌色の皮膚を突き破ってのぞく、生身の体ではありえない金属製の機構。戦闘用の特殊インプラントか、はたまた……。

 彼女はワイヤーを手首から切り離し、コウキとともに通路の奥へ向かって駆け出した。

「電圧は五十ボルト前後に設定しました。おそらく、あと数時間は気を失ったままでしょう。もっとも、意識が戻ったとしてもしばらくは動けないでしょうがね」

「残弾数は?」

「階下で五発、今ので四発。全部で九発撃ちましたから、後三発残っています」

「よし、それだけあれば十分――」


「マスター、止まってください」


 コウキの言葉を遮る形で突然、コニカが制止を呼び掛けた。壁の一点を注視している。

「センサー型の爆弾です。おそらく、追手から逃れるために設置したものかと」

「分かった、少し下がっていろ」

 コニカを自分より後ろに下がらせ、腰のホルスターから拳銃を引き抜く。暗視装置の感度を最大まで上げ、コニカの指す一点に狙いを定めた。

 放たれた弾丸は、目指す目標を寸分たがわず打ち抜く。


 ――瞬間、世界から音が消えた。


 そう感じたのは、あまりの轟音に聴覚がおかしくなったからだろうか? 荒々しく吹きすさぶ爆風とともに、肌に熱を感じる。網膜が光で焼き付き、視覚までもが奪われないこの状況下において、それでもコウキは普段の平静さを失わないでいた。

「さあ、行くぞ」

 障害の排除された通路を、二人は再び走り出す。闇に包まれた中を、滑るように音もなく。

 通路を突き当たり、左右を見回す。そこでようやく、彼らは屋外への脱出をはかろうとする二人の人影を認めた。

「その場で止まれ! さもなくば、強制的に確保する!」

 声高に叫ぶが、相手はちらりと振り返っただけで、微塵も止まる気配などない。もっとも、コウキとしても、こんなに簡単に済む仕事とは思っていない。

 振り返った時に見えた顔は、コニカに転送してもらったトウマ・アラキの視覚データと合致する。その小脇に挟まれているアタッシュケースの中身が、今回の取り引きの品だろうか。

 だが、その隣を走る巨漢にはまったく情報がなかった。

 二メートルを超えんばかりのその男は、その巨体に似合わぬ速度で、追跡者たちの前を行く。日本人男性としても平均以上の体格を持つトウマが、まるで子供のように見えてしまうのだからお笑いものだ。

 どっちにしろ、この場合は二人とも確保する必要がある。見た目だけなら、ケースを持っているトウマの方が怪しいが、中身がそこに入っているかは別問題だ。かといって、その裏をかいてトウマが所持しているという可能性もないではない。そもそも彼らの当初の目的からして、トウマ・アラキの確保なのだから。

 隠し階段を使って地上に降り立った彼らは、申し合わせていたかのように突然二手に分かれた。戦力を分散させて、そのまま逃げる腹づもりなのだろう。

「コニカ、お前はトウマを追え。俺はあのデカブツをやる」

「イエス、マスター」

 短い返事を残して身を翻し、コニカはあっという間に闇の中へと消えた。

 情報戦ともなれば無類の強さを誇るコニカではあるが、その反面、想定外の状況や相手に対しては、判断が僅かに鈍るという欠点を持つ。今回の場合では、それが命取りになりかねない。

 トウマ相手であれば、コニカの性能は信頼できる。この選択に間違いはないはずだ。後は自分が上手くやれば……。


 狭い路地を抜け大通りに出たとき、ふと、コウキは足を止めた。

 追っていた男が、おもむろに立ち止まったからだった。

 その意図がはっきりせず、思わずコウキは眉をひそめる。

「どうした、今更おとなしく捕まる気にでもなったのか?」

「アキタ……」

「あ? あきた?」

 ぽつりと呟いた男の声を、オウム返しに聞き返すコウキ。

「アキタ……、逃ゲルノ、アキタ。モウ……、ヤッテモイイヨネ……?」


 ――コウキの背筋に戦慄が走った。


 考えるより先に体が動いた。本能的に右前に飛び出した、その瞬間、男の拳がアスファルトで舗装された道路の真ん中に、でかでかと大穴を穿っていた。

 息つく暇もない、間一髪の攻防。

「威力はそこそこだが、大振りは後が隙だらけだぜ」

 跳躍と同時に引き抜かれた拳銃リボルバーが火をふく。全弾六発を一息で吐き出し、どれもが寸分違わず命中した、ハズだった。


 男は傷も負わなければ、倒れることもなく、ただ悠然としてその場に立っていた。


「当タラナカッタ……。ドウシテ?」

「くそ、マジでかよ」

 さすがのコウキも、驚くほかない。左腕に三発、左足に三発。関節を狙って確実に撃ち抜いたはずだったのに。

「ちっくしょ、ハズレクジ引いちまったかな? まったくついてねぇ」

 歯ぎしりしながら愚痴をこぼす。

 おそらく、男は両足と、少なくとも左腕を義肢化しているのだろう。いや、今の拳での一撃を見るに、右手も同じように義肢化しているはずだ。それならば、巨体に似合わぬあの突進力も納得がいく。

 いや、それだけならばまだいい。最悪なのは……。

「モウ一度……」

 再びコウキの元へ、一直線に突っ込んでくる。理屈からいえば、なんとも単純な攻撃。ただしいくら見切りやすいとは言っても、それに自分の体が反応出来なければ……。


「があぁっ!」


 コウキは叫び声を上げて、路上に倒れ込んだ。完全に避けきれなかった、それでも僅かに拳がかすっただけだ。それなのに。

(肋骨を四、五本、もっていかれたか……?)

 背筋をイヤな汗が流れた。

 この状況において、長期戦では間違いなくこちらがやられる。相手の拳も、手負いの今では反応すらできないだろう。マグナム弾が通用しないのは、先ほど既に証明済みだ。頭を狙えばそれでも倒せるかもしれないが、それでは相手を間違いなく殺してしまう。

 残された道は、短期決着。それしかない。


 うつぶせの状態から跳ね起き、脇腹の痛みをこらえながらもコウキはコートの胸ポケットに手を突っ込んで、弾頭が赤く塗られた弾丸を取り出した。出来れば使用を控えたかったが、この状況では仕方あるまい。

 シリンダーをスイングアウトさせ、弾を装填する。

 素早く銃身を男に向け、拳をアスファルトに打ちつけたまま未だ動かぬその体に、ここぞとばかりに撃ち込んだ。


 ──夜の闇に、爆音が轟いた。


 着弾と同時に、弾頭に詰め込まれていた火薬に引火したのだ。

 いざという時の特殊弾。これならば、さすがにタフなあの男でも、立てないはず。

 果たして、白い粉塵の向こう側から、男の倒れる音が聞こえた。長く息を吐き、コウキは拳銃を構えた右手を、ゆっくりと下ろした。

 痛む肋骨を左手で抑え、倒れ込んだ男に喘ぎながら近づいてゆく。男の身柄の確保と、取り引きの品を押収する必要がある。

 左側面に弾丸を受けた男の体は、いくら鋼鉄製の義肢とはいえ、見るも無残にぐちゃぐちゃに砕けていた。裂けた部位からはワイヤーが覗き、流れ出た油圧式人工筋肉のオイルは、まるで血のように地面を濡らす。独特の臭気が鼻についた。

 それでも、男の生身の部分には、これといった致命傷はなかった。男の体の頑丈さのためか、それとも弾丸の威力さえ計算に入れたうえでのコウキの狙いうちのためか。おそらく、そのどちらもだろう。

『マスター、こちらは只今、身柄の確保を完了しました』

 コニカから無線が入った。

「了解。で、ケースの中身は?」

『はい、詳細は分かりませんが、なにかの書類のようです』

 結局、取り引きの品はトウマの方が所持していたようだ。

「よし、物品の確認ができれば、内容は今のところどうでもいい。こちらもついさっき終わったところだ。引き上げるぞ」

『はい、マスター』

「──あっと、コニカ。ちょっとだけ待ってくれ」

 通信を切ろうとした彼女を、コウキはふと思いとどまり、慌てて呼び止めた。

 苦笑いしつつ、コウキは骨折したわき腹を押さえて、

「すまないが事務局に連絡をつけてくれないか。これ以上はさすがに動けないんだ」

 かすれた声で用件を伝えると、コウキはすとんとその場に腰を落とし、その衝撃に顔を歪めた。

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