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01

 この作品は、『空想科学祭2009』出展作品です。

 このような機会を設けていただいた天崎剣さまに、この場をお借りしまして心より御礼申し上げます。

 人間は誰であれ、心のどこかに闇を抱えている。そしてそれは、常に人間の心を支配しようともくろんでいる。

 いかにあがこうが、その闇から逃れるすべを、人間が持つことはできない。なぜなら、心に闇を住まわせる生き物こそが、人間というものであるからだ。

 妬み、憎しみ、恨み、蔑み……。あらゆる負の感情に惑わされ、いとも簡単に光を見失う。後に残るのは闇そのもの。それこそが、人間というものであるのだ。

 そんな事を言っていたのは、一体どこの誰であったか。思い出したところで一銭の価値もない。だがしかし、その答え自体はなんとも見事に的を射ていることか。どれほど端的に、人間というものを表せていることか。

 結局、人間という存在であり続ける以上、心の闇から解放されることは決してないのだ。悪人なら言うまでもなく、たとえ善人であっても無意識に、あるいは一時の気の迷いによって悪を為す。それを闇と言わずして何と言おうか。

 つまるところ、この世に本当の意味での正義というものはないのだろう。この世に掲げられた正義は、どれをとっても一個人の勝手気ままな欲望を押し込めただけの、ただの偽善。いや、偽善とさえ言えるかどうかは分からない。すべての行動に裏があるなら、それは闇と同義なのだから。

 ならば、この世は闇で満ち溢れた地獄絵図。餓鬼共がのさばる、暗黒街。そんな場所で生きる自分も、所詮はそのうちの一人にすぎないのだろうか。


 幾度となく繰り返した、答えの出ない堂々巡りのような思考から抜け出し、コウキは閉じていたまぶたをゆっくりと開けた。その眼球に、街中に灯された光のきらめきが映る。超高層ビルの屋上から眺めるその光景は、神秘的で美しく、それでいておそろしくもあった。LEDの冷たい光のまたたく、市中の繁華街。それを反射してぼんやりと輝く雑林のようなビルの群れ。一見華やかで観る者全ての目を奪うが、しかしそれらは生命を持たぬ機械の灯。そんなもので満たされた街に生きているのかと思うと、それだけで薄ら寒さを覚える。自分自身までもが、無機質な機構の内部に組み込まれているような、そんな思いが頭によぎるのだった。

『マスター、そろそろ時間ですよ』

 若い女性の声がコウキの意識を現実に引き戻した。丁寧な口調ではあるが、茶目っ気が感じられる弾むような声。ゆっくりと立ち上がり、コウキは左耳に装着したイヤホンを手で抑える。黒いロングコートが、ビル風をはらみ、音を立ててたなびいた。

『準備の方は、よろしいですか?』

「まあまあだ。良かろうが悪かろうが、どっちにしろ、なるようにしかならんだろうさ」

 イヤホンから伸びたマイクに向かって、コウキは軽口でもたたくかのように返答した。普段となんら変わらぬ、人を食ったような口調。いや、もしかすると今の方がその傾向はより強くなっているかもしれない。その原因は、緊張をまぎらすためか、高ぶった神経を抑え込むためか……。

「それよりもコニカ、標的ターゲットの詳細の再確認をたのむ」

『了解です』

 しばらくの沈黙。

 ややあって、コニカと呼ばれた女性の声が、淡々と目的の人物データを読み上げていく。

『トウマ・アラキ、国籍は日本。身長百七十五センチメートル前後で、筋肉質な体格の男性。爆発物専門の仲買人ブローカーです。自身も爆発物の扱いに長けています。国際指名手配を受けており、賞金は生存している場合は十万ドル、死亡していた場合は百ドルとなります』

「要は、爆弾に気をつけて生け捕りにしろって話だな」

『……確かにその通りですが』

 コウキの要約の適当さに、コニカは呆れたように溜息をついた。だが、こういった事は日常茶飯事なのか、それ以上はあえて突っ込まない。

『──マスター』

 ふと、コニカの声の調子が変わった。幼さを少しばかり残した、明るい女性の印象がさっぱりと消え去り、冷徹に作業を遂行する、機械のような響きが感じ取れる。

『消灯まで、およそ一分です。十秒前からカウント始めます』

「……いよいよか」

 ぼそりと呟いて、コウキは腰のあたりに手をやる。そこにはいつも通りに、重量感のある回転式拳銃リボルバーがホルスターに収まって、ベルトにぶら下がっていた。独特の形状をしたグリップを握り込み、トリガーに人差し指をかける。実際に発射するつもりはないが、そうしている事が、彼の集中力を高めていくのだ。

『十秒前。九、……八、……七、……』

 静かに秒読みが始まる。コウキのまとう気配が、刀の切っ先のような鋭さを帯びて、じりじりと凝縮してゆく。

『……三、……二、……一、……』

 イヤホンから聞こえる『ゼロ』のカウント。それとともに、煌びやかに輝いていた街の光が、一つ残らず消え去った。まるでバケツ一杯の墨汁をひっくり返してしまったかのように、あたりは一面、漆黒の闇に包まれた。

 それに合わせて、コウキの視界が可視光を感知するものから、赤外線暗視装置によるものへと切り替わる。

 予期せぬ停電、などではない。むしろ、これは意図された事なのである。

 エネルギー資源の枯渇、それにより人類は、否が応でも自然由来の循環エネルギーの一部を利用するしかエネルギーを得る方法がなくなってしまった。すなわち、太陽光発電、風力発電、地熱発電など……。だがしかし、そのようなエネルギー源で、需要のすべてをまかなえるはずもない。必然的に、国、いや世界をあげてのエネルギー節約に乗り出すほかなくなったのである。

 結論を言うのであれば、三十年前から夜間の電力使用が全面的に禁止され、午後九時から午前六時までの間、電気の供給がストップするようになってしまった。例外は病院などの、一部の認められた機関のみだ。

 そして、闇に包まれた街は、瞬時に姿を変える。表から裏へと、世界は変わる。

 地下社会の住民たちは目を覚まし、無法者どもが己の持つ牙をとぐ。

 力がないと生きてはゆけない、そんな弱肉強食の世界。生と死が背中合わせに存在する、そんな極限の世界。日中は平穏な街並みも、凶悪な獣がうごめくコンクリート・ジャングルへと、変貌を遂げるのであった。

「暗視装置の起動を確認、視界良好。コニカ、いつでも行けるぞ」

『分かりました。では、予定通りプランAでお願いします。まずは十分以内にポイントD-02まで移動して下さい』

「あいよ」

 言うが早いか、コウキはすぐさま駆け出し、高層ビルの屋上からその身を踊らせた。建物の側面を吹き上がる生暖かい風にあおられながらも、隣のビルの屋上に難なく着地する。

 そして軽やかな体重移動とともに、速やかにトップスピードにまで達し、コウキは夜の闇を、猫のような身軽さで走り抜ける。

 伸び放題の黒いざんばら髪が、コウキの跳躍にしたがって後方になびく。わずかな月明かりの下、コウキの表情がぼんやりと浮かび上がった。極度に感覚を研ぎ澄ませたその顔の内で、金色の双眸が異様な程の輝きを放っていた。


 何の変哲もないとあるビルで、コウキはおもむろに足を止めた。報告では、確かこのビルは廃ビル同然で、ここ数ヶ月間無人なのだとか。ひとまずマイクに向かって手短に報告する。

「コニカ、たった今目的ポイントまで到達した。突入のタイミングはそちらにまかせる。指示があるまで、待機しておく」


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