ウォード男爵家の事情
ラウルさんは道中、たくさんお話をしてくれた。
父は不器用だけど、義理堅く立派な男だということを。病状な母は誰に対しても、分け隔てなく優しく、心が綺麗な女だということを。
彼らの大切な一人娘が、わたしだということを――。
そして、間もなく着くわたしの家は、ラウルさんの家でもあるみたい。
副社長として、社長である父のサポートをしているラウルさん。
部屋も余っているし、一緒に住んでいた方が、何かと都合が良いんですって。
(でも実際は、わたしを失っていた両親の、寂しさを紛らわす目的もあったんじゃないかしら?)
なんて。
狭い場所で長時間。
顔をつき合わせて二人きり。
走り始めた馬車は、止まってはくれないから。
旅立ちの心細さに染み入る穏やかで紳士的な態度と、両親に対する尊敬と親しみを感じさせるラウルさんの語り口は、わたしの強張った心を信頼という形で彼に預けさせてしまうくらい、緻密に整えられた完璧な演出だった。
出会ってからまだ日も浅いというのに、わたしはラウルさんの人柄を、見定めたつもりになっていたのかもしれないわね。
ラウルさんはわたしに、ウォード男爵家の家業についても説明した。
「主に富裕層向けに、ドレスや宝飾品等を扱う店舗を複数経営しているよ。自社で工房ももっているが、最近では外国との輸入取引も増えてきた」
ちなみにウォード家は、爵位をお金で買ったそう。
そんな話しにくいことまでラウルさんは、
「ウォード家の娘として、アリスも知っておくべきだ」
と、隠すことなく教えてくれた。
爵位の件ではラウルさんが、当初は及び腰だった父を随分説得したみたい。
ラウルさんにとって爵位とは、貴族の社交場への入場券、あくまでも商機を増やすための、便利で必要な道具の一つに過ぎないのですって。
彼は爵位という一種の名誉を、「ひどくつまらないもの」と切り捨てた。
爵位をもてば、貴族としての義務は生じれど、王宮で開かれる舞踏会にも呼ばれるわ。
わたしもまた、物語に出てくるような、まっさらな心のお姫さまになれる気もしなかった。
「新しい生活に慣れたら、家業のお手伝いをしても良いですか?」
と、思いきってラウルさんに尋ねてみる。
すると、彼は濃茶色の瞳を細めて、「歓迎するよ」と言ってくれた。
けれど、すぐさま「まずは社交界デビューに集中しようか」と、優しくも有無を言わさない調子で、窘められてしまったわ。
通常、社交界デビューは十六歳。
当然、孤児院にいたわたしはしていない。
社交界の底辺に位置する一代限りの男爵家の、しかも誘拐されていた娘の一年遅れの社交界デビューともなれば、「貴族たちの好奇の的になる可能性は極めて高い」と、恐ろしい予言を平然としてみせるラウルさん。
「アリスには貴族女性として、相応しい教養や技能を身につけてもらわなければならないだろう。涙が出るほど健気な申し出には違いないが、仕事の話はそれからだ」