初恋の形見
孤児院を発ってから数時間後。
田舎道を走る馬車の中には、種々の後悔に悩まされている最中のわたしがいた。
(ベルのお礼も、再会の約束もできなかったわ……)
わたしは落ち着かない気持ちで、ポケットの中にある剥き出しの金属の感触を弄ぶ。
つまりは、箱を受け取ることさえも忘れていた。
車窓にかかるカーテンをずらしてみれば、空に瞬くお星さま。
先を急ぐ旅だから、夜を徹して進むみたい。
金色のベルの冷たさに、わたしの熱が少しずつ移って、手に馴染む温かさになった頃。
わたしは、これまでとこれからのことを、考えなければならなかった。
(あっちに着いたら、まずはリゲルに手紙を書かないと……)
できなかったお礼と再会の約束を――。
そのとき、馬車が大きく揺れて、わたしは椅子から転げ落ちそうになってしまった。
「大丈夫かい?」
「すみません、ありがとうございます……」
ラウルさんに支えられて、ふと考える。
快適な男爵家の馬車でも、路面の状態によっては、時々腰が浮きそうになってしまうのに、リゲルのベルだけはやっぱり絶対に鳴らなかった。
そのことがとても不思議で、わたしはポケットからベルを取り出して、しばらくの間、魅惑的な黄金色を眺めていた。
「アリス。今日は疲れただろう? 私のことは気にせずに眠ると良い」
そう気遣ってくれるラウルさん。
けれど、その後もなかなか眠れずにいるわたしを見て、彼の視線は自然とわたしが握りしめているベルへと落ちていった。
「それは、あのボウヤからもらったのかい?」
「いえ。孤児院の弟ではなくて、幼なじみのリゲルからもらいました。廊下で待っていてくれた彼なんですけど……」
「そうか……」
カーテンの隙間から漏れる月の明かりが、ラウルさんの濃茶色の瞳を、猫のように光らせていた。
ガタン!
また馬車が揺れる。
でもやはりベルは鳴らない。
「私に預けてくれれば修理させるが?」
ラウルさんがベルに手を伸ばしてきたので、わたしは少し迷ったけれど、結局その申し出を丁重にお断りした。
壊れているとは思えなくて……。
(なぜあのときはベルが鳴ったの? このベルが叶えてくれるという奇跡の恋の相手は誰? その男が王都で、わたしを待っているとでもいうのかしら?)
この国の成人は十六歳。
いつまでも孤児院には居られないから、今回のことは、ちょうど良いきっかけだったのかもしれないわね。
それに、ベルが鳴ったタイミングで、リゲルと離れ離れになってしまったということは、別れ際に彼が言いかけた先にある未来には、特別な期待をかけてはいけないの。
輝く星々に視線を移し、わたしは自分自身を戒めた――。