運命の先にいた男(ひと)
「信じられないくらい、君の母親にそっくりだ。光輝く金髪も、青空のように澄んだ瞳も。君のもつ何もかもすべてが――」
応接室でわたしを待っていたのは、濃茶色の髪を一つにまとめた男性だった。
二十代半ばとおぼしき、彼の名前はラウルさん。
髪と同じ濃茶色の瞳は理知的で、柔らかで優しい雰囲気を纏っていた。
彼は吟遊詩人のように滑らかに、わたしを褒めそやしてくれるから面映ゆい。
そして、ラウルさんの向かい側、わたしの隣で神妙な顔をして座っているのが、孤児的の院長先生。
わたしの母親代わりとも言える女。
聞いた話をまとめると。
わたしの父ウォード男爵の従弟だというラウルさんは、十五年前に身代金目的の誘拐にあって以降、行方知れずだったわたしを、両親と共に探してくれていたらしいの。
たしかにわたしは二歳くらいのときに、森の奥で倒れていたところを、地元の猟師さんに発見されて孤児院に引き取られた。
保護されたときのわたしの持ちものは、自分の身体と名前のみ。
ラウルさんは、わたしの名前と容貌と、先般逮捕された誘拐犯の供述とわたしが保護されたときの状況に、決定的な矛盾が見られないこと等を総合的に鑑みて、自分の目の前にいる孤児を、探し求めていた従兄の娘であると、断定したみたいだわ。
突然の展開に、頭がついていかないわたしを置き去りにして、院長先生は驚くほどあっさりと、この現実を受け入れていた。
「アリス、荷物をまとめなさい」
「今からですか……?」
「そうです。あなたの用意ができ次第、ラウルさまは出発したいと考えておられます」
戸惑っている様子のわたしに、ラウルさんは形の良い眉を下げた。
「実は……。君の母親であるエミリアさんは、明日をも知れない命なんだ。気持ちの方もすっかり弱ってしまっていてね。生きる気力がなければ、医者も手の施しようがないと言っている」
「母が病気……?」
「ああ。だから私は、生き別れになった娘との再会を、できるだけ早く叶えてあげたいんだ」
部屋に満ちる重苦しい空気。
ラウルさんはわたしを、真剣な眼差しで見つめている。
ようやく再会できるはずの母が、まさか重い病に伏せっていただなんて……。
選択肢は既に残されていなかった。
「わかりました。急いで支度して参ります」
そう言って応接室を出たものの、途端に不安に襲われる。
(リゲルは帰ってしまった?)
半ば強制的に応接室に連れてこられてしまったけれど、わたしと同じくらい、リゲルも事態を飲み込めていなかったはず。
わたしの心が金属音の残響と共にざわついた。
「急ぎなさい」
「!」
わたしの心を読んだかのように、院長先生は、わざわざ扉を開けてまで警告した。
「わかり……ました……」
(またここに、遊びにこられるわよね……? みんなに、リゲルに、また会えるわよね……?)
廻り始めた運命の輪。
わたしはその勢いを、完全に見誤っていたのかもしれない。