近くて遠い幼なじみ
そのとき。
頭上から、よく知る声が降ってきた。
「またこんなのを読んでいるのか?」
赤銅色の髪に黄緑色の瞳をもつ青年。
彼はわたしよりも頭一つ分高い背を屈めて、手元にある「こんな」本を覗き込んだ。
「「リゲルおにいちゃん」」
リゲル。
彼こそが、わたしにピアスをくれた幼なじみ。
わたしが想いを告げぬまま、失恋してしまった初恋の男――。
* * *
妹たちは幼なじみの名前を叫びながら、勢いよく彼、リゲルにとびついた。
するとリゲルは、仔犬のように無邪気にまとわりつく妹たちを、細みの身体で案外軽々と抱き上げる。
リゲルはわたしより一つ年上。
彼の父親は、修道院を含むこの辺り一帯を所有する地主さんで、この孤児院の院長とも旧知の仲。そして孤児院の一番の支援者でもあった。
リゲルは跡継ぎとして、幼い頃は父親と、ある程度成長してからは父親の名代として、孤児院をよく訪れていたのだけど……。
(いつからかしら? リゲルとは、住む世界が違うと、気がついてしまったのは――)
孤児のわたしと、地主の息子リゲル。
はらりはらりと、降り積もる雪のように重ねられた年月は、わたしたちを強制的に「幼なじみ」の関係へと押し上げていったけれど、それぞれ置かれた立場の違いを、いつまでも知らないまま、或いは知らないふりをしていられるほど、少なくともわたしは、子どもでも大人でもいられなくて……。
ぶっきらぼうで口の悪いリゲルは、昔なんて時々、孤児院の弟たちと一緒になって、下品な悪ふざけをしていたこともあったっけ。
でもそれらは所詮、ごっこ遊びのようなもの。
リゲルなりに、周りに合わせようとしていたのかもしれないけど、ふとした会話やちょっとした所作に現れる、育ちの良さはどうしても隠せなかった。
それに、彼が身に付けている服や持ち物だって、実用性を重視したシンプルなものだとはわかっていても、それはわたしでも判別できる程度には、確実に上等なものばかりだったから。
(このピアスみたいに、ね)
橄欖石の小さなピアスを、わたしは人差し指の腹でそっと撫でる。
わたしたちの間に横たわっていた溝を、痛みとともに改めて深いものにさせた、このかけがえのない宝物を――。