真昼の策略*1*
「間もなく社交界デビューですね、アリスさま」
家庭教師との授業中。
上の空になっていたわたしは、突然話しかけられて慌ててしまう。
リゲルから結局手紙の返事はこないまま、明日はいよいよ大事な日――社交界デビューの日。
「散々申し上げましたが、社交界に出れば、高位貴族――特に男性からは、軽く扱われてしまうことも多いでしょう」
先生は子爵家のご令嬢から、男爵家の奥方になった方。若かりし頃は悔しくて嫌な思いをたくさんしたと、辛そうに、わたしにお話をしてくださった。
たしかに曰く付きの娘に、わざわざ声をかけてくる高位貴族には警戒した方がいいのかも……。
どこか他人事だったわたしを見て。
「アリスさまは純粋ですね」と、先生は眉尻を下げて目を細めた。
「他の貴族令嬢とはもっている空気が、良くも悪くも違います。好ましく親しみやすい。だからこそ、時として相手から、容易に侮られてしまうのです」
先生は「よくある」話をしてくれた。
高貴な男性に弄ばれるだけ弄ばれて、捨てられてしまった貴族令嬢たちの不幸な話。
愛人になることができれば、まだましな方だというから、聞いてるだけで胸が塞いだ。
華やかな世界の裏は、きっと欺瞞に満ちている。
* * *
「お嬢さま、ラウルさまがお待ちです」
家庭教師を見送った後、私はラウルさんに呼ばれていた。
最近ラウルさんは、家でお仕事をなさっている。
そしてご自身の休憩時間には、紅茶とおいしい外国のお菓子を用意させて、追い込みのレッスンに耐えるわたしをお部屋にご招待してくださるの。
ノックをすると、飴色の扉が開かれた。
「お疲れさま。レッスンは順調に終わったかい?」
「はい、無事に終われたと思います」
たわいもない会話をしながら、猫脚の小さなテーブルまで促される。もちろん扉は開けたまま。
紅茶とお菓子はいつも、後からメイドさんが部屋まで運んでくれることになっていた。
ラウルさんの部屋は私の部屋よりも広い。
執務机に目を向ければ、書類が整然と、しかし塔のように高く積まれていた。
「ラウルさんも、お仕事が大変そうですね」
「否定はしないよ」
ラウルさんは苦笑した。
「お茶の前に渡したいものがあるんだ」
そうして差し出されたのは、大きなダイヤのイヤリング。涙の形をしたそれは、午後の光を集め、目も眩みそうなほどの輝きを放っていた。
「綺麗……」
「明日はこれをつけてくれないか?」
ラウルさんの大きな手が、わたしの手を包みこんだ。
理解が追い付かないまま、イヤリングを握らされてしまったわたしは、思わず背の高い彼を仰ぎ見る。
ラウルさんは何も言わずに頷いて、開きかけたわたしの指を、再度しっかりと閉じさせただけ。
「明日……?」
明日って。明日は――。
ラウルさんは優しい笑みを浮かべていた。
それはわたしが喜ぶ顔を、待ち望んでいる顔だった。
作者は、家族が次々と病気になるもんだから、いよいよ有給休暇がなくなりそうな大ピンチ(꒪꒳꒪;)




