二回目のベルがなるとき
張りぼてながらも、何とか貴族令嬢らしくなってきたわたし。
『デビュタントは、参加することに意義がある』とは、ラウルさんが贈ってくれた優しい言葉。
あの後幸いにも、デビュタントにリゲルのピアスをつけていくことが許された。
マダムはとても慈悲深い。
誘拐された過去をもち、右も左もわからぬ王都で、勉強と厳しいレッスンに耐えていたわたしへ、心からの同情を寄せてくれるような――。
辛い日々の支えとなりうるお気に入りを、わたしから奪ってしまうことを忍びなく思ったマダムは、重ねづけしてもおかしくないまったく別のイヤリングを、改めて用意してくださったの。
その御心に感謝しつつ。
デビュタントまで、残すところあと五日。
語学の授業を終えた午後。
昼食を済ませて、今は束の間の休憩時間。
お腹が満たされて眠くなったわたしは、日向ぼっこしていた机の引き出しから、例のベルを取り出した。
レースの真白いハンカチに包まれた、わたしの二つ目の宝物。
ベルをそっと摘まんで、手持ち無沙汰に揺すってみる。どうせ鳴らないんだから、と軽い気持ちで。
ところが――。
『♪』
鳴ってしまったのだ。
「今まで全然、鳴らなかったのに……」
わたしは呆然として独りごちる。
(初めてベルが鳴ったときは、ラウルさんさんが迎えに来た)
そして孤児から貴族令嬢に。
(次は何が――?)
ドキドキしながらベルを見つめていたら、
ガチャリ
「さぁ、アリス出掛けようか」
またもやラウルさんが、運命の扉を開けてしまったのだ。
* * *
出掛けるとき、少し不思議なことがあった。
「ラウルさま」
一階におりたタイミングで、老齢の男性使用人が、ラウルさんを呼び止めた。
わたしには一瞥と会釈だけ。
すぐに何事かをラウルさんに耳打ちした。
その表情は若干強張っている。
一方で、ラウルさんは終始落ち着いた態度で、わたしの顔を横目で見ながら頷いていた。
「アリス、ちょっと良いかな?」
話が終わったらしいラウルさん。
彼はわたしの上腕を強く掴む。
それから、目立たない場所にある部屋へと、ほとんど強制のような形で連れていかれた。
初めて入る狭い部屋。
窓もなく、部屋は少しだけ埃っぽい。
「ここで待っていなさい」
ラウルさんはわたしを置いて、さっさと部屋を出ようとする。
わたしは訳がわからない。
咄嗟に、ラウルさんの服の裾を引っ張った。
そうしたら、挨拶代わりのように、ふんわりと軽く抱きしめられて。
髪を撫でられ、宥められた。
「すぐに戻ってくる」
違うの。
そうじゃないの。
こんなところに、いてはいけない気がするの……。
なんだかひどく胸が騒いで、ラウルさんの腕をほどこうとすると――
「俺の言うことを聞くんだ」
「ラウル……さ……ん?」
いつもとは調子の違う低い声が怖くて、別人にも思える男の名前を、虚ろに呼ぶことしかできなかった。
一瞬だけ、近くの壁に押し付けられる。
ラウルさんは、鍵をかけて部屋を出ていった。
わたしは、小さく痛む首もとを押さえていた。
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