うれしそうな母
「まぁ!」
マダムの問いかけに、わたしよりも先に母が、少女めいた声をあげた。
それから頬に手を当てて困った顔。
「あなたのエスコートは、既にラウルにお願いしていたのだけど、もし誰か――。他に、将来を誓い合った相手がいるのなら、ラウルには……」
「いません!」
ピアスへの想いを、明らかにされたくない一心で、わたしは即座に否定の言葉を口にしていた。
母は少し驚いた顔をした後で、「良かった……」と。華奢な胸を押さえて、そっと呟く。
その微笑みは、透き通る雪のように綺麗だった。
「そうよね。アリスは王都に来てから、毎日レッスンばかりで、恋をする暇もなかったわね」
マダムもすぐに謝罪した。
「失礼いたしました。どうやらわたくしとしたことが、余計な心配をしてしまったようですね」
『恋は王都で見つけるもの』
この世界の常識を、母とマダムは、わたしの従順な理性に――おそらく無意識のうちに、覚えさせることに成功した。
「お母さま」
「なぁに?」
「エスコートは決めてくださった通り、ラウルさんにお願いしたいです。わたしも、練習のときからずっと、そう思っていましたから――」
「ええ、もちろんよ!」
本当は。
自分のことに精一杯で、エスコートの相手のことまで、気にしている余裕なんてなかったのに。
わたしは、母とマダムを安心させるために、笑顔でほんの少しの嘘をついた。
忙しい仕事の合間を縫って、わたしのダンスの練習に、何度も付き合ってくれていたラウルさん。
ラウルさんへの信頼は嘘じゃないから、罪悪感さえ抱かずに――。
でも、考えてしまうのは、幼なじみの彼のこと。
(ここにリゲルがいてくれたら……)
わたしと運命が別れてしまったリゲルには、遠い王都、遠い王城の舞踏会で、エスコートをしてもらえるはずもなくて。
それにリゲルは、みんなにはとても親切なのに、わたしのお願いだけはなぜか、いつもすんなりと引き受けてはくれなかった。
茶化したり、ぶっきらぼうだったり、難しい顔をしたり。
わたしはその度に、ちょっとだけ傷ついて。
(それでも最後は、わたしの望むようにしてくれた――)
人は生まれた瞬間に、神に与えられたはずの自由を奪われる。
もしもこの世に、叶わない恋さえも叶えてしまうような、神の「奇跡」があるのなら。
世間にも。
他人にも。自分にも。
場所にも。
縛られることなく、自由に生きられるようにしてほしい。
「奥さまに似て、お嬢さまは本当にかわいらしくていらっしゃるから、悪い虫がつかないように、ラウルさまにはしっかりと頑張っていただかなければなりませんね」
「うふふ。ラウルなら大丈夫よ」
母とマダムの楽しげな会話が、どこか遠くで響いていた。
リゲルがアリスのお願いに対し、茶化したり、ぶっきらぼうだったり、難しい顔をする理由
↑頼られるのが、うれしかったり照れくさいから。
↑若干、難易度の高いことを頼まれてしまい、「俺にできるか……?」と悩んだりしているから。
【でも絶対に断らない】
アリス「え! そんな理由?!」




