両親との再会
一週間かけて王都にやってきたわたしは、ウォード男爵邸の威容に驚かされた。
塀は高いし、門扉から建物までは距離がある。
けれどラウルさんによれば、とある零落した貴族から買い取ったというこの家は、貴族の邸宅としてはむしろ控えめな方であって、立地的にも貴族街の端で王城とは離れているから、国政を担うような有力貴族であれば、好んでは住まない場所だそうよ。
壁を這う蔦ら敷地内の緑は、長らく不在にしていたわたしに、ウォード男爵家の過去を、ひっそりと教えてくれているようだった。
馬車寄せに着くと、御者のおじさんが外から扉を開けてくれて、ラウルさんが先に降りる。
「さぁ、お手をどうぞ。お姫さま」
ラウルさんの過保護にも、道中で少しずつ慣れてきたわたしは、照れくさい気持ちは残したままで、彼の手を頼りにして馬車から降りた。
周りの目に、わたしたちがどう映るかなんて、気にするほどの関係でもなかったから……。
御者のおじさんがわたしたちの様子を、にこにこと見守ってくれていることにも、まったく気がつかずにいたの。
* * *
玄関ホールでは、使用人たちと夫婦らしき一組の男女が待っていた。
言うまでもなく、その男女は、わたしの「お父さん」と「お母さん」。
ラウルさんは二人の側に行くようにって、わたしの背中をポンと叩いて、優しく促してくれたけれど……。
困ったことに、記憶にもない両親との接し方が、わたしにはまったくわからない。
父も母も、十五年ぶりに再会した娘との距離感を、はかりかねているのかもしれなかった。
無言のまま、わたしたち親子は見つめ合う。
父は四十歳くらい。
銀髪のオールバック。紫水晶の瞳。ラウルさんを渋く、気難しそうにした感じ。
病身の母は車椅子に乗っていた。
ここに来る前に、明日をも知れない命と聞かされていたから、こうして出迎えてくれたことに、驚きや心配、安堵やうれしさとがない交ぜになって混乱する。
それにしても――。
(ラウルさんが言うほど、お母さんとわたしは似ていないような……?)
だって、病みやつれてはいるものの、母は本当に綺麗な女だったから。
そして、不器用な沈黙を破ったのは、他でもない母だった。
母が、車椅子から立ち上がろうとして――
ぐらり
「「「危ない!」」」
わたしは咄嗟に母を支える。
母の身体は紙のように軽かった。
でも、母を助けようとしたのは、わたしだけじゃなくて――
(お父さん……ラウルさんまで……)
ぎこちなかった家族が、母を中心にして回り出した。滞っていた血と感情が、音を立てて通い始めた感覚がする。
車椅子に戻された母が、もたれ掛かるようにわたしの身体を抱きしめた。
「アリス……! 生きているうちに、またあなたに会えるなんて……!」
わたしは膝をついて、同じ色の瞳を合わせる。
血の気のない母の頬に伝う涙。
かさついた唇から出てきた言葉は、空気を上手く吸えないみたいに掠れていた。
母の病気はもしかして、わたしが誘拐されて、心労をいっぱいかけたせい?
「もうどこにも行かないわ。これからはずっと一緒よ、お母さん……」
一層涙を溢れさせ、小さく何度も頷く母。
父もまた、わたしたちの姿を見て泣いていた。
(今まで苦労をかけた分、精一杯、親孝行しなくっちゃ……!)
わたしは一人静かに決意を固める。
(失われた時間を取り戻せたら……)
涙と愛情に満ちた再会が、強張っていたわたしの心を、温かく溶かしてくれていた。
ラウルさんの過保護を、アリスはただのレディファースト精神だと思っています。