さあ始めようか、我の物語を
「はーはっはっは! はーはっはっはーっ!」
○△市某所にある一軒家。
一月のとある日付の早朝に、実に日本生まれらしい黒髪黒目の少年が高らかな笑い声を上げた。
「本日も輝かしい世界よ、また逢えて嬉しいことこの上ないぞ! この門出の日に相応しき麗しの太陽よ、ご機嫌のようでなによりだ! 吹き抜ける大いなる自然よ、今しがた待て! 朝食がまだなのでな! 食したらいざ邂逅しようぞ! ふはははは!」
そう、今日も今日とて世界への挨拶を朝日が差し込むベランダの窓辺で仁王立ちする俺。
いや我こそが、かの鬼崎竜児。
人類の羨望の的である、あの希代の天才だ。
貴様ら凡人には計りしれんだろう。
何故我が世界に感謝を示しているのか。
理由なぞ簡単だ。
それは、我を産み出した世界を称えるためである。
この我を産み出した世界だぞ。
日々感謝してやらねばなるまい。
「くははははは!」
と、朝食の芳しい香りが鼻腔を突いてくる中にも関わらず、尚も笑っていたら。
スマホを弄りながらパンを噛っていた妹がぶつくさ文句を言ってきた。
「朝からうるせえよ、兄貴。 はよ飯食えっつの」
「ふっ。 我と世界の邂逅を邪魔するとは実に不躾だな、妹よ。 いや、我が眷属スカーレットよ!」
「誰がスカーレットだ! あたしには蛍っつー名前があんだよ! いい加減おぼえろっての!」
何を愚かな。
当然覚えているに決まっているだろう。
我だぞ。
「スカーレットよ、貴様は本当に愚かだな」
「あん?」
「その深紅と漆黒が煌めく長髪に相応しい名で呼ばねばならんだろうが!」
「知るか! これは染めただけだっつってんだろうが!」
それこそ知らん。
貴様は髪を染めた時点でスカーレットなのだ。
「そう興奮するな、愚妹よ。 いや、スカーレットよ。 そんなに嫌か、その名が。 ならば改名してやろう。 そうだな…………ならばレッドダイヤモンドでどうだ? 美しい名だろう! はーはっは!」
「このクソ兄貴が………………ちっ!」
どうやらスカーレットもとい蛍は諦めたらしい。
舌打ちするとパンをまた噛り、無視を行使し始めた。
そこへタイミングをはかっていた気弱な父こと社畜サラリーマンが口を挟む。
「ま、まあまあ二人とも仲良くね? ほら竜児、今日は入学試験の発表なんだろう? 早く食べて出発しないといけないんじゃないかい?」
スマホを見てみると、そこそこ良い時間を示していた。
ふむ、確かに時間も押している。
そろそろ食さねばなるまいな。
が、父よ。
貴様はまた間違いを犯したぞ。
「仕方あるまい、我が家の長たる社畜の頼みだ。 聞かねばならぬだろうな。 しかし父なる存在よ、一つ教授してやろう。 我の名は竜児などという矮小なる名ではない。 天才という運命に抗う者ルークと呼べと言っておろうが」
「なにがルークだよ、あほらし……」
「ははは、ごめんよルーク。 すっかり忘れてた」
流石は我が父だ、妹などより余程分かっている。
さてでは食事を頂くとしようか。
父が作り出した芸術品を。
「やっと座りやがったか。 毎日毎日ほんとうぜえ……」
「ほう、今日は朝から豪勢ではないか。 コカトリスのスープに、大地の肉。 更にはリバイアサンのほほ肉とはな。 旨そうだ。 では頂くとしよう」
「どうぞ召し上がれ。 ちなみに鶏出汁スープと大豆混ぜご飯に、焼き鮭だからね、それ」
ふむ、なかなか美味であるなこのコカトリスのスープは。
良き仕事をする社畜だ。
「ふっ、なかなかの食材とお見受けする。 これは異世界産で間違いないだろう」
「聞いてないよね、人の話……」