虹竜と人間
アタシはミラ。まだ1100歳とちょっとの若い竜よ。竜種の中でも優美さが自慢の「虹竜」なの。白い鱗が七色に輝くから「虹竜」って言われているみたい。
誰にそう言われているかって?人間よ。
アタシは人間っていう小さくてちょこちょこ動く生き物が好きなの。
人間はね、小さいだけじゃなくてとっても弱いの。そっと爪の先でつまもうとしただけなのに、ぷちって潰れて死んでしまったりするのよ。びっくりするでしょ?
触ってみたくて、近くで見たくて、本当にそ〜っと頑張ったんだけど、それでも脚が取れたりするの。取れちゃった時は治してあげたけどね。死んでなければ治せるものなのよ。
でも、ほとんどの人間には言葉が通じないの。だから「治せるからちょっと取れても大丈夫よ」って言っても通じない。怖がらせたら可哀想なので、時々空の上から観察するだけにしているわ。
人間は小さいのにもっと小さいのも居たりするのよ。きっと幼虫ね。ん?人間は虫ではないのか。雛って言った方がいいのかな?それとも子供で通じるかしら?
…ま、いいか。大した違いはないものね。
空の上から見るって言っても、あんまり近付くと巣に隠れちゃうのよ。仕方がないので、人間からは小さな点にしか見えない位の高い所から観察するの。もちろんアタシはどんなに上空からでもバッチリ見えるから平気なのよ。
この辺の人間は、あの美味しい牛っていうのをたくさん集めてたりするの。そうかと思うと牛に角で突かれてひっくり返ったり。見ていて楽しいのよ。
ほんのちょっと寝て起きると数が増えてたりして、巣も大きくなって形が変わってたり。そうかと思うと大きな群れが跡形もなく消えてたりもして。なんだか不思議なの。
そうだ。アタシを「虹竜」って呼び始めた人間の話をするわ。
大きな人間の住処があって、そこには数少ない言葉が通じる人間たちがいるのよ。
最初は、人間にしてはちょっと大きめのが1匹、アタシの住処にやって来たの。
はぐれたのかな?と思って、群れの所まで運んであげようかと思っていたんだけど、驚いた事に急にアタシに戯れついて来たのよ!
あらあらと思って相手をしてあげたんだけど、ちょっと加減を間違うとプチっと潰しちゃうから気を使ったわ。
3回夜が来て4回目におひさまが登った時に、その大きめの人間がパタッと倒れたのよ。お昼寝かなと思ったんだけど、なんだかピクリとも動かないから、お腹が空いたのかと思って牛を持って来てあげたの。
でも、その人間は寝てるだけで起きなくて、牛ではだめなのかと思って小さな小さな赤い粒が付いている木を持って来てそばに置いたのよ。前にその赤い粒を人間が食べてるのを見た事があったからね。
赤い粒の付いた木を小さな魚がいる水たまりで洗って、置く前に人間の上でちょっと振って水をたらしてみたの。そしたらその大きめお人間が目を覚ましたのよ。
起きたと思ったら赤い粒(リンゴ?)を食べ出したので、ああやっぱりお腹が空いたんだなと思ったわ。牛は食べないみたいだし、放っておいたら牛は勝手にどこかに行っちゃったけど、もしかしたら魚は食べるかもって思ってとりに行ったの。水溜りの魚は小さすぎるから海まで行ったのよ。
上からそっととって来た海の魚を置いたら、何だか大きめの人間がギャーって鳴いたわね。大きめの人間よりも大きい魚だったから重かったのかな?でもすぐに食べ始めたから、まあ、良かったんだと思う。
しばらくはこっちを警戒していた大きめの人間は、今度は一生懸命何かを伝えようとしているみたいで手足を動かしてたわ。面白かった。うふふ、笑ったらだめよね。でも、何だか小さいのがもぞもぞ動いていて面白かったのよ。
頭を外したのを見た時はちょっとびっくりしたけど、あれは頭じゃなくて、頭に何か殻を付けてただけだったのね。
リンゴの木から落ちる水を、その殻を持って貯めて飲んでたから、あれはそういう物なんだと思う。
それから3回おひさまが登る頃には、大きめの人間は少し警戒をしなくなって、じっと大人しくこっちを見る様になったのよ。また戯れて遊ぶのかな?と思って待ってたんだけど、何か鳴いてたみたい。声が小さくて聞こえなかったけど、あのギャーっていう鳴き声とはちょっと違う、なんだか歌みたいな感じだった。
もう一度牛を持って来てあげたら、今度は食べてたわ。
それからまた3回おひさまが登って、大きめの人間はアタシの住処を離れて山を降りて行ったのよ。
あんなに小さくて弱いのに、ちゃんと群れに戻れるのかと心配だったから、アタシはちょっと飛んで近くの群れのところまで運んであげようって思ったの。
それで、潰さないようにと、大きめの人間の体を包むようにくっついていた青い薄い皮を掴んで持ち上げたら、またギャーって鳴いたのよ。面白いわ。
しばらく鳴いてたけど、青い皮が剥けちゃったら可哀想だからそっと手に乗せたら、必死でしがみ付いてるみたいだったわ。
低いところを飛んで、一番近くの群れの所に持って行って放したの。ついでにリンゴと牛と魚も一緒に置いて来てやったわ。
あれからあの人間はどうしてるのかなっていつも思ってた。また来たら魚もあげるしリンゴの木もとって来てあげるし、美味しい魔物もいっぱいあげるんだけどなって。
そしたらね、よく似た人間がまた来たのよ。あの人間かな?って思ったんだけど、何だか色が白っぽくてちょっと違うような気もした。もしかしたら歳をとって色が変わったのかとも思ったけど、まだおひさまは1万回ちょいしか登ってない。歳をとるには早過ぎるから、きっと良く似た違う人間なんだろうと思った。
白っぽい大きめの人間は、1匹じゃなくて群れでやって来たし、白っぽいだけじゃなくて青い皮ではないキラキラした殻が身体についてた。何となく匂いは似ているけど、きっと違う人間だと思った。
お腹が空いていたらいけないから、とりあえずリンゴの赤い粒がたくさん付いた木を水たまりで洗って持って来て、群れの近くに置いてあげるとすぐに食べていたわ。お互いに分け合う様子が可愛いかったのよ。みんな仲良しなのね。
そのまま群れは暗くなってもそこにいた。小さな小さな火を焚いていたから、あまりにも小さな火で可哀想だったので、近くの木を一気に燃やして大きな火を与えようと思ったの。
でもそうしたら何だか騒いでいて、火を消そうとしたり逃げようとしたりした。そこで気が付いたのよ。大抵の生き物は火が大きいと焼けてしまうから、人間も同じで小さな火じゃないと焼けてしまうんだって。
あの小さな火は、人間が焼けないくらいの火だったのね。あんなにも小さな火しか使えないなんて可哀想。
おひさまが登ったら皆で戯れるのかな?と思ったけどそうでもなさそうだった。持って来た何かを食べたり、牛よりも随分小さな生き物を自分たちで捕まえて食べようとしていた。
これは、もしかするとアタシの住処で一緒に暮らそうとしているのかもしれないわね。それじゃ食べ物をもっとたくさん与えないといけないわ。あんなに小さな物じゃ、前に来た大きめの人間みたいにお腹を空かせてパタリと倒れてしまうもの。
アタシはまたちょっと海に行って魚を取って来てあげたの。今度は群れだから、前よりも大きな魚を5匹くらい獲って来たわ。このくらいあればきっと大丈夫でしょう。
それを群れの近くに投げてやったの。たまたま白っぽい大きめの人間の上に落ちてしまって、そしたら白っぽい人間がギャー!って鳴いたのよ。
他の人間達もギャーって鳴いていたわ。でも、あの白っぽい人間がギャーと鳴いた事でわかったの。あれは似てるんじゃなくて、前に来た大きめの人間と同じだ!って。
何で白くなってしまったのかしら?色が変わったのは病気なのかもしれないわ。そういえば、頭にはキラキラした金色の丸い輪っかの殻をつけてるけど、あれじゃ水は貯まらないから飲めないでしょう。やっぱり病気で殻も変形して底が抜けてしまったんだと思ったわ。可哀想な人間。自分の殻で自由に水も飲めない。
あの金色は知っているわ。アタシの巣にいっぱい転がってる。なんとなく集めちゃった金色のキラキラした粒。ちゃんと補修して水が飲める殻を作れる様に、金色の粒をあげましょう。
それと、反射して七色に光るアタシのウロコの力が、白くなってしまった人間の病気を癒す様にと、剥がれ落ちたウロコもあげる事にしたの。ウロコは食べられはしないけど、きっと病気避けにはなるし、雨が降ったら雨よけにも使えるでしょう。
キラキラおひさま色の金の塊とウロコをあげたら、人間達はオオオ!と鳴いて、きれいに並んでから小さく丸まって動かなくなったの。急に眠ったのかしら?と思っていたら、白っぽい人間だけが顔をあげて鳴いた。何かしら?
…あ!もしかしたらもっとウロコが欲しいのかしら?ウロコ1枚だと雨が降った時に取り合いで喧嘩になるのかしら?白っぽい大きめの人間は「仲間の分もくれ」って思ったのかしら?
そうね、群れの全員にもウロコをあげた方がいいかもしれない。どうせ巣の奥にいっぱい剥がれたのがあるから皆にあげちゃおう。
そう思ってアタシは、丸くなってる人間達をそのままにして巣の奥のウロコを取りに行ったの。
剥がれたウロコは、何百年も放ったらかしにしてたから随分と埃をかぶっていて参ったわ。これではゴミをあげる事になってしまう。そう思って、埃を払おうと勢いよく吹いたら、うっかり火も吐いてしまって大変だったわ。
もちろんウロコは火なんかじゃ燃えないんだけど、巣である洞窟の中で火を吐いたから煙がすごくて、煤がついてウロコが黒くなってしまった。
ほんとにアタシってダメね。きれいなのと煤だらけで汚れているのがあったら、それこそ喧嘩になっちゃうかもしれない。せっかく仲良しな群れなのに。
だから、中々きれいに落ちなくて結構手間だったけど、一枚一枚きれいに拭いて磨いてから持って出て来たの。
そしたら!
丸くなっていたはずの人間達が全部いなくなっていたのよ!
どうしたの?ここに住むんじゃなかったの?何かあったの?まさか、アタシがほんのちょっと巣に戻っている間に何かがやって来て群れが滅ぼされてしまったの!?
アタシはウロコをまとめて持って、人間達を探す為に空に舞い上がったの。すぐにいくつかの人間の群れが見つかったけれど、あの群れはいなかった。どれも違う群ればかり!
でも、時折風に乗ってあの白っぽくなってしまった大きめの人間や、あの群れの人間の匂いがしてくるから、どこかにはいるみたい。
そのまま探しながら1日飛んでいると、幾つかの山を越えた辺りにとても沢山の人間がとても大きな群れを作っている住処が見えて来たわ。あんなに大きな群れは今までいなかったはず。あの住処はアタシよりも随分大きいじゃないの。いつの間にあんなに増えたのかしら?
白っぽくなった人間とあの群れの匂いが強くなって来て、それを辿ってアタシが飛んで行くと、それはそれは沢山の人間達がギャーと鳴いたわ。すごい。すごいギャーだわ。可愛い!
一番大きな巣の上に行くと、そこにあの白っぽくなった大きめの人間が出て来たのよ。良かった、生きていたのね!アタシを見て、また手足をもぞもぞ動かして見せたわ。相変わらず面白い。
嬉しくて面白くて、飛びながら笑っていると、白っぽい人間のそばにいた他の人間達も同じ様にもぞもぞしたの。…あんまりたくさんでやっているとちょっと気持ち悪いわね。なんか踏み潰したくなったわ。
でも、もぞもぞしている人間達の中に、私の住処に来た群れの匂いもしているのに気づいたの。よかった、皆無事だった。これでウロコをあげられる。
白っぽくなってしまった大きめの人間は、やっぱり白っぽままだったけど、ちょっとツヤツヤしていた。でも何だか少しだけ小さくなった様に見えた。不思議ね。
頭にはアタシがあげた金の粒で補強した殻をつけていた。あれならちゃんと水を汲んで飲めるでしょう。そして体にはアタシのウロコで作った虹色の殻をつけていたわ。
アタシは白っぽい人間がもぞもぞ動いている所に降りて行って、渡しそびれていたウロコをまとめて置いたの。白っぽくなった人間の近くに置いたら数枚のウロコがちょっと崩れて、下敷きになりそうになってまたギャーって鳴いたわ。ふふふ。
面白くて笑っていると、白っぽい人間の隣に灰色っぽい人間が来て、なんとアタシに向かってたどたどしく話しかけて来たのよ!まさか人間が喋るなんて!
灰色っぽい人間は小さな声でこう言ったの。
『美シキ虹ノ竜、タクサン恩恵、タクサン大切ナ宝、感謝。ワタシタチ虹竜ヲ歓迎。王ハ虹竜大好キ。コノ国ヲ守ル虹竜サマ。コノ国ハアナタヲ讃エル。国ノ印トシテ国旗ニ掲ゲル』
うん、ちょっと聞きにくかったけど意味はわかった。王と言ってあの白っぽくなった人間を指していたから、あれは群れの長、王ってことなのね。大きめの人間、頑張ったのね。偉いわ。何かご褒美をあげなくちゃね。今度持ってくるわ。
そして、王はアタシが好きなのね。でもごめんね、番じゃないから受け入れられないわ。まあ、群れの印にアタシの姿を描いた絵を使うのは別に良いけどね。
この時に人間がアタシを虹の竜って呼んでるのがわかったのよ。
確かに虹色に輝いて美しいものね。人間がそんな感覚を持っているなんて驚いたけど、でも美しい呼び方をしてくれていて嬉しかったわ。
アタシは満足だったので頷いて目を細めて見せた。すると人間達が皆でオオ!て鳴いたわ。
『美シキ虹竜!ワタシ王。ギルバルド、名前。37年前、ワタシ若イ時。山デ虹竜会ッタ。虹竜ト戦ウハ勇気ダッタ。民ハ認メ国ノ王ニナッタ。コレハワタシノ子供ノ子供、次ノ王。名前エーリッヒ。私ハ老イタ。1年前、山デ沢山モラッタ。嬉しい。ヨロイニシタ。虹竜、次、エーリッヒ守ル、欲シイ!』
あら、王もしゃべったわ。きっと勉強したのね。タミが誰だかわからないけど、認められて王になったということなのね。王はギルバルドと名があるのね。人間に名があるなんて知らなかったわ。
老いたと言ったわね。…そうね、人間は弱くてすぐに死んでしまうのだった。では、白っぽくなったのは病気ではなく老いたからなの?
『ギルバルドが白くなったのは老いたから?』
そう聞いてみると、ギルバルドは『ハイ』と短く答えた。
『その小さい人間はギルバルドの孫なのね。確かに似た様な匂いがするわ。ギルバルドの様に大きめの人間になるのかしらね。今度、エーリッヒにもリンゴと魚をたくさん獲って来てあげましょう。エーリッヒもギャーと鳴く?』
そう言うと、ギルバルドが『魚イラナイ!大キイ魚、降ッテ来ル、アブナイ!』と慌てたように、また手をもぞもぞさせた。アブナイっていうのは危ないって事?美味しくないのかしら?
『美シキ虹竜!ワタシハ、エーリッヒ。火ヲ使エマス!』
急に小さいエーリッヒがそう言って、小さな小さな火を手に灯したわ。他の人間よりも声がはっきり聞こえたのは雛のような高い鳴き声だったからかしら?
エーリッヒが出したのは、あまりにも小さい火で逆にびっくりしたけど、でもこっちを見る瞳が誇らし気で可愛らしい。気に入ったわ、エーリッヒ。
『エーリッヒ、とても小さいけれど頑張ったのね。ご褒美にお手本の火を見せてあげるわ。この位出せるように精進するのよ』
アタシはそう言って軽く火を吹いた。軽くとはいってもそのまま吹くと人間を焼き尽くしてしまうから、ちゃんと空に向かって吹いたわよ。空高く上がった火は一瞬空の色を変えたの。人間の住処のあちこちからギャーという鳴き声と、甲高い鳴き声が沢山聞こえたけど、きっと美しくて驚いたのね。
『エーリッヒ、これが火というものよ。きれいで面白いでしょう?』
そう言って見ると、エーリッヒが泣いていたの。どうしたのかしら?お腹が空いたのかもしれないわね。でも魚はいらないって言っていたし。そうだわ、火の果実を持って来てあげましょう。人間があれを食べれば今よりも少しは大きな火が出せるようになるはず。
『今度、火の果実を持って来てあげましょうね。食べればもっと火を出せるようになるわ』と言うと、また人間達がオオ!と鳴いた。アタシはギャーの方が可愛くて好きなんだけど、まあ、オオも悪くはないわね。
さて、それじゃ早速火の果実を取りに行きましょう。
『では、火の果実を取りに行ってくるわ。この時期だと少し遠い大陸でないと無いから、しばらく待っていてね。他にも珍しい食べ物があったら獲って来てあげますからね』
そしてアタシは人間の住処から飛び立った。
ちょっと寄り道をして戻って来た時には、エーリッヒが初めて見た時のギルバルド位の大きさになっていて驚くのはまた別のお話し。