62.5
大帝王の執務室を後にし、グリオットと別れたオルキヘイは、こっそりと城を抜け、とある男の元へと足を運んでいた。
ソファに座り、本を読んでいる男に、オルキヘイは声をかける。
「フォマ、お前の兄貴、ランスベルヒにいたぞ」
単刀直入な物言いに、本を読んでいた男が弾かれたように顔を上げた。先ほどまで読んでいた本がばさりと床に落ちるも、目にもくれない。
「――ランスベルヒ」
「そうだ。海を越えた先にある、半日でつくって噂の」
「晴れた日に、ゴッバンの海岸から見えるだろう」というオルキヘイの言葉は、男――フォマトールの耳に入っていない。
オルキヘイは呆れた溜息を吐く。
兄様を探す手伝いをしてほしい。
交換留学の時期が決まったとき、友人のフォマトールから、オルキヘイはそう頼まれていた。
数年前に行方をくらませた、グルトン王家の長男。跡を継ぐのは彼しかいないと、周りが噂していたのにも関わらず、彼はある日忽然といなくなった。
あれだけの監視の中、長男のマルスティンは、いなくなった。
おかげで、兄弟姉妹の監視は特に強まり――フォマトールも、その一人だった。
自由に部屋を出ることもできず、兄を探しに行くこともできない。
だから代わりに、友人のオルキヘイへ、マルスティンを探すように頼んだのだった。
本当に見つかるとは、思っていなかったが。なにせ、オルキヘイの留学先は二か所。前期と後期で二つの国へ足を運び、ランスベルヒに視察へ行くだけ。そのランスベルヒにいたのは、運がよかったとしか言えない。
「……行くのか?」
オルキヘイの言葉に、フォマトールはうつむいていた顔を、ゆっくりと上げ、オルキヘイへ射貫くような視線を向けた。
「当然だろう。なんとしてでも行く」
彼の紫がかった赤い瞳には、憎しみが宿っている。
心配して兄のマルスティンを探していたわけではない。
一人、このグルトン王家から逃げ出したことを恨み、連れ戻すために、オルキヘイへと、捜索を頼んだのだ。
今回の留学で見つからずとも、オルキヘイに兄を探すことは、継続してもらう予定だった。グルトン王家は、大帝王に報告していない、隠しの転移術士は何人もいる。外の国へと送り出すのに、何の不都合もない。
腹の底が見えないコウンベールか、根っからの真面目であるグリオットなら、隠しの転移術士を大帝王へと報告しただろう。
しかし、フォマトールの数少ない友人であるオルキヘイは、よくも悪くも適当だ。口止めはたやすい。
「絶対に、連れて帰る……。一人逃げるなんて許すものか!」
フォマトールは、なくなってしまった左腕を掴むかのように、服の袖を握りしめた。




