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強い既視感に見舞われた、あのブローチ。パッと見た限りでは、黒い宝石がはまっているようにしか見えなかった。
でも、それが宝石じゃなくて、術石だったら――?
黒い術石をわたしは知らない。けれど、エンティパイアの外にはある可能性を、否定できない。なにせ、エンティパイアの術石はすべて国産で、国にあるものだけを使っている。
もし、エンティパイア以外の場所でしか取れないような術石があったら。
わたしが知らない黒い術石がはまっていた可能性がある。なにせ、術石は宝石代わりに使われることもあるほど、綺麗なのだから。
けれど、術石だったとして、あのブローチで何が出来るのだろうか。一国が滅びる魔法を使えるほどの魔力が貯められているとか? 確かにそれが悪い人の手に渡ったと考えたら、ネッシェが焦る理由も分かる。
しかし、彼は「エンティパイアとエステローヒが終わる」と言っていた。この国のつながりは何だろう。エンティパイアにいた頃、特別にエステローヒの資料が多かったとか、そういうことはない。ごく普通に、他の国と変わらない程度しかなかったはずだ。特段、交友が深かったという話も聞かない。
そもそも、エステローヒだけでなく、エンティパイアは帝国外の国と交流を持つことがほとんどない。例外は王族と宰相家の子息が行く交換留学くらいで……。
交換留学?
もしかして、交換留学先にエステローヒが――いや、それはないか。エステローヒは国じゃなくて街。しかも、街にはさほど多きな学校はないように見える。交換留学に選ぶとしたら、その国で一番二番を争うほどの大きさと実力がある学校だ。
一体、エステローヒとエンティパイアに何の関係が――。
「フィオディーナさん?」
「――っ」
テリーベルの声で、ばちりと意識が現実に向く。声で、というよりかは、彼女がわたしの顔を覗き込んできたので、それに驚いて、と言うべきか。
「あ、驚かせた? でも話しかけても反応ないから、どうしようかと思って」
「いえ、こちらこそ、話を聞いてなくてごめんあそばせ」
「……もしかして、フィオディーナさん、ブローチ、パクった?」
テリーベルが疑わし気な視線を寄こす。わたしが黙りこくっていたから、不審に見えたのだろう。わたしは慌てて首を横に振った。
「知りませんわ! 盗んでもいません!」
「まあ、そうだよねえ。依頼終わってからフィオディーナさん、ぼーっとしてたし。流石にあのくらい呆けてるのに変な動きしてたら、あたし気が付くし。そうじゃなくてもファルドとダリスが気が付くわよ」
本気で疑っていたわけではないのか、ぱっとテリーベルが呆れたように笑った。すぐに信じてくれたらしい。
それにしても、ブローチを見てから宿に戻って来るまでの記憶がないが、さほどおかしなことはしてないらしい。ちょっと不審がられてはいたようだけど、馬鹿をやらかしていなくて何よりだ。