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受付嬢に依頼書を出してもらい、確認すると、確かに小箱のことは何も書かれていなかった。
その依頼書をぴらぴらとネッシェの前で振って見せるアルベルト。……はたから見ると、煽っているようにしか見えないんだけども。
「ここに小箱のことは書かれていない。よって今回紛失したのはフィーたちの責任じゃない」
「そんな! どうしよう……どうしたら……」
再び自分の世界にこもったのか、ネッシェはぶつぶつと言葉をこぼす。それはやはり支離滅裂で、理解しようとすると頭が痛くなるような内容だ。
「そもそもさあ、あの小箱、なんだったわけ?」
テリーベルがネッシェに問う。しかし、彼は「言えるわけないでしょう!」とキレだ。いや、もう最初からずっと怒っていたが。
「あれはずっとあそこにないと駄目なんです……隠していないと、呪われますよ。皆終わりです、きっと世界が滅亡するんですよ……!」
なんだかすごい物騒だ。そんなにやばいアイテムだったのか、あのブローチ。どうしよう、わたし見ちゃったけど。見て呪われるタイプだったら一巻の終わりだ。
思わずテリーベルを見たが、彼女もわたしと同じようなことを考えていたのか、どうしよう、と焦ったような固い笑みを浮かべてこちらを見ている。目があった。
「あれが明るみに出たら、エステローヒもエンティパイアも終わりですよ……!」
「……え?」
エンティパイア。
まさかここで、彼の口から、その言葉が出てくるなんて。
予想外の言葉にわたしの頭は白くなる。
「エンティパイア、って……」
「エンティパイア帝国ですよ。地獄の海を越えた先にあるでしょう。世界地図、見たことないんですか」
そう答えたネッシェは、ハッとした表情になる。
「ああ、駄目だ、これも答えたらいけないんでした。でも、もう小箱がありませんから、エステローヒが終わるんだったらみんな一緒ですよね。死にたくない、死にたくない――――そうだ、逃げましょう」
「え」
あれだけ固執していたは、天を仰ぎながらぽつりと言った。
「逃げましょう。先祖代々受け継いできた土地なんて知りません。あの小箱がなくなった以上、先祖代々の誇りも膿も消えたんですよ。そうだ、逃げよう、それがいい。エステローヒとエンティパイアに足を踏み入れなければきっと大丈夫――」
「ちょ、ちょっと!」
詳しい話を聞こうにも、ネッシェはそのまま出て行って姿を消してしまった。ギルドの外に出るところまでは後姿が見えていたのだが、外に出てしまってからは完全に見失ってしまった。仕方がないので、テリーベルとアルベルトの元へと戻る。
「なんだったのよ、アレ! ぎゃんぎゃん怒鳴ったかと思えばいなくなって! 馬鹿にしてんのって話よ!」
テリーベルの怒る声が、どこか遠くに聞こえる。
あの小箱、ブローチが入っていたはずだ。黒い大きな宝石があしらわれた――宝石?
あれは、本当に宝石だったっけ――?




