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 初めまして、と言った青年の声は本当に幽かで、生気が感じられない。クマがひどい無表情なその顔も青白く、生きているのか少し不安になる。こうして対面している以上、死んでいるわけがないのだが。

 黒い髪と金の瞳。どこかで見たことのあるような顔立ちだけれど、まったく思い出せない。金の瞳はともかく、黒髪というのは、咲奈の世界ではよくいる人種のようだし、そちらの世界で見かけたのかもしれない。


「――ネッシェと、申します」


 ぼそぼそと話されるその名前を、わたしは知っていた。

 かつてエステローヒで受けた、最初で、そしておそらく最後と思われる、討伐依頼を発注した依頼主である。

 えっ、もしかしてエステローヒから来たの?


「ええと……あの。何か依頼に不備でもありまして?」


 彼の畑を荒らしていたスレムルムは、確かに討伐されたはずだ。後処理は記憶にないので、どうなったのかはあやふやだが、報酬金を手にしている以上、失敗だったということはないだろう。

 そう思っていたのは、わたしだけだったのだろうか。


「箱、を……」


「……箱?」


 箱。あの小箱のことだろうか。


「小箱を、返してください」


 青年――ネッシェは、細い声であるにも関わらず、しっかりと、言い切った。


「返して、と言われましても……わたし、あの箱のこと、知りませんわ」


 わたしの手元にあの箱はない。あの三人も、少し見るだけで、元に戻すと言っていた。ブローチを見たときも随分とあっさりしていて、ブローチがとても高価なものだから拾ってしまおう、という態度ではなかったはずだ。あやふやだけど。


「ない――でも、ないんです。俺の畑に、ちゃんと埋めたのに……小箱が、ブローチの小箱が――ないんです。返してください」


「確かに、小箱は掘り返されていましたけれど、埋めなおした……はずですわ。全く同じ位置にあるかはちょっと分からないですけれど。わたし以外の冒険者にも、確認を取りました? わたしより、彼らに聞いた方がきっと確かですわよ」


 わたしは埋めなおしたところをはっきりと見ていないので断言はできない。でも、埋めなおそうか、という話はしていたはずだ。

 そう思って、ネッシェに言ったのだが、「聞きました! でも知らないって!」と怒鳴られた。先ほどの今にも死にそうな声とは比べ物にならないほどの声量に、びくりと肩が震える。

 ユキも驚いたのか、「ぶゅう」と低い声で威嚇をする。

 けれど、ネッシェさんはその威嚇に気が付かないのか、ぶつぶつと、何か言葉をこぼしていた。


「困ります……あれがないと困るんです。俺が、俺が壊したのがバレたら……どうしよう、あの箱、だって、俺が壊した……埋めたのに、ばれないように埋めたのに。俺も殺されるのか……? そんな、嫌だ、返して、返してくださいよ……!」


 言っていることは支離滅裂で、目の焦点は合っていない。視線も泳いでばっかで、どこを見ているのか分からない。

 ネッシェをここへ案内したところで、「それじゃあ」とカゼンは職務に戻っている。つまりここにはわたしとユキ、そしてネッシェしかいない。ユキは威嚇と警戒を続けているが、彼はわたしが抱えて歩き回れるくらいには小柄だ。ネッシェに敵うか、分からない。


「返してください……!」


 彼が乱暴に手を伸ばし、わたしの腕を、つかもうとした。

 その時。


「何してるんだ!」


 ネッシェの腕を掴む手があった。

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