54
ウィルエールの顔面を蹴り飛ばし、見事な三角飛びを決め、わたしの胸元に飛び込んできた白い動物。
なんだろう、とわたしは目線を下ろし、びしりと固まった。
ホワイト・ネルリエ。動物なんかじゃない。聖獣だ。
聖獣は、術石を食べてその身に魔力を宿した魔物とは違い、神様から直接魔力をもらった特別な生き物である。
ほとんどおとぎ話の様に語られ、見かけるだけでも一生分の幸運を使い果たすと言われているような、とてつもなく珍しい生命体。
そんな生き物が、わたしの、腕の中に。
「ぷぷぅ」
猫と兎の間みたいな見た目をしたホワイト・ネルリエが鳴いた。わたしの顔を見て、随分と機嫌よさそうにしている。
もこもこの毛玉のようなホワイト・ネルリエ。わたしはどうしたらいいのか分からなくて、ただただ、ホワイト・ネルリエを抱きかかえたまま、立ち尽くした。
「女神、大丈夫、か、い……」
復活したのか、鼻を抑えながらウィルエールがわたしの方を振り向き、彼もまた、固まった。才能あふれ、天才だと騒がれた彼でさえ、聖獣に免疫なんてない。
「ぷっぷぅ?」
わたしがあまりにも呆然としていたからか、「どうしたの?」と言わんばかりにホワイト・ネルリエが鳴き、頭を傾げた。
わたしが「どうしたの?」と聞きたい。
こんな場所で聖獣が暮らしているだなんて、誰が想像できただろうか。
よくよく見れば、輝かしいほど真っ白な毛には、埃のようなものが付着している。
考えることを放棄したわたしは、撮ってあげなきゃ、という気になり、恐る恐るホワイト・ネルリエに手を伸ばす。もちろん、ホワイト・ネルリエがわたしの腕から落ちないように気を付けながら。
「ぷー!」
それを、わたしになでて貰えると思ったのか、ホワイト・ネルリエがわたしの手に頭を擦り付けてくる。
かわいい。
聖獣って、こんなに人懐っこいものなんだろうか。それともわたしにだけ?
前例がなさすぎで分からない。
「聖獣を愛でる女神が女神すぎる……」
ウィルエールはウィルエールで、なんだか変な現実逃避をしていた。
「……それはそれとして、どこから来たんだい?」
ゆっくりとウィルエールが階段を降りてくる。ウィルエールに気が付いたホワイト・ネルリエは、一瞬「ぶぃう」と先ほどまでとは全然違う低い声で威嚇したかと思うと、すぐにきょとんとなった。
わたしとウィルエールを交互に見て、何かに納得したのか、「ぷゆゆ」とぶりっ子しだした。あざとい。
「まだ生まれてそう長くないのかな。長く生きると人語を理解してしゃべると聞いたことがあるが」
確かにウィルエールの言う通り、そう言う記述もあるが……聖獣に関しては資料が少ないのでそれが正しいのかは分からない。その記述を残した人が、たまたま人語を理解する聖獣と会い、それが長く生きていたというだけかもしれない。他の長く生きた聖獣が人語を理解するかはまた別である。
とはいえ、こんな生物、持て余すのは分かり切っている。
残念だが、わたしはホワイト・ネルリエをそっと床に下ろした。
そのまま逃げるかな、と思ったが、ホワイト・ネルリエはわたしの脛にすり寄ってくる。警戒心はどこへ行った。




