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ギィ。ギィイ。
足音は絶えず聞こえてくるのに、いつまでも石床を歩く音に変わらない。店舗の七をうろついているのか、それとも……。
「……これは、二階から?」
ぼそり、と小さく、ウィルエールのささやく声が聞こえた。
二階。
もしそうだとしたら、わたしたちが入るより前にここにいたことになる。
店舗部分からまっすぐここへ来たし、工房部分を散策していたときや、階段を降り地下室に来るときは気配なんてなにもなかった。
――鍵がかかっていたのに?
ぞっとしたが、ふと、店舗部分に小動物の足跡があったことを思い出す。
「ウィル、もしかして、ここの先住民かもしれないですわ。ほら、床に……」
そういうと、彼も動物のものらしき足跡があったのを思い出したようだ。
小動物のものかも、と思って足音を聞けば、確かに、人間のものよりも幾分か軽いように聞こえる。
「二階……二階か」
ウィルエールが迷ったような声を上げる。多分、わたしをここに置いて一人で見に行くか、二人で見に行くか、迷っているのだろう。
そばにいればすぐに対応できるが、かといって危険かもしれない場所に連れて行くのはどうか。そう迷っているのが、暗闇の中でも分かる。
しかもあの階段、わたしとウィルエールの体重両方に耐えられるかは、分からない。同時に上って、そのまま抜ける可能性もありそうだ。
「……ウィル、見に行きましょう」
わたしはウィルエールの服の裾を引っ張る。大丈夫だ、と言う代わりに。
得体がしれないものがいるのは分かっているが、いくらランスベルヒとはいえ人が住んでいる地区だ。ヤバい魔物が迷い込んでくるわけもなかろう。
それに、一人だったら逃げているかもしれないが、こうしてウィルエールがいる。なんと心強いことか。
「……分かった。ただし、ぼくが先行するから」
「ええ、お願いしますわ」
わたしたちは地下室を出て、階段を上り、二階へ続く螺旋階段の元へと向かう。
その間も軋むような足音は聞こえてくるし、ちらりと覗いた店舗部分には誰もいなかった。
予想通り、二階に、何かがいる。
たん。たん。と一歩づつ、踏面が抜けないか、確認しながらウィルエールが階段を上る。
もう少しで上り切る、というとき――。
「ええっ!」
ウィルエールが素っ頓狂な声を上げた。
「ウィル! どうしたんですの!?」
わたしは思わず階段を上っていた。その時だ。
「むぐぅ!」
何か白い動物が、ウィルエールの顔面に蹴りを入れ、その反動でわたしの胸元まで一直線に飛び込んできた。




