52
地下室には何もなかった。加えて、薄暗くてよく見えない。
床と壁は工房と同じ材質の様だ。
光源がわたしたちが開けている扉の外から入り込む光だけ。その光だって、工房の窓から入る日光だ。階段で下ってきているので、わずかな光しかない。
「うーん、これは何も見えないな……。何か灯りを……」
そう言って、ウィルエールがごぞごぞとポケットを探っている。「ないよりはマシかな」といって取り出したのは、フォイネシュタイン――の、破片くずたち。粉々、という程ではないが、何かに使うために加工しようと思ったら、指輪のささやかな飾り分くらいしか残らなそうだ。
「この間の剣の余り。後で砕いて粉にしようと思ってて、忘れてたんだ」
「……貴方のポケット、そんなものまで出てくるのね」
ポケットに物を入れっぱなしで忘れてしまう、なんて貴族らしくないが、王宮術士にはままあることらしい。エンティパイアにいるころから、ウィルエールがポケットから術石を取り出す、というのはよく見かける光景だった。
ウィルエールが石に魔力を込めれば、フォイネシュタインが赤く光り出す。込めるのをやめれば発光は止まり、魔力が蓄積される。つまりは、込め続けていればフォイネシュタインは光り続けるわけだが……。
「ずっと込めてて大丈夫ですの?」
魔力を術石にこめるというのはなかなかに疲れる。元々、持っている魔力量や込める術石の種類や大きさによっても疲労度は変わってくるが、わたし自身がたくさん魔力を込められる人間じゃないから、見ているだけで大変そうだ。
しかし、わたしの心配をよそに、ウィルエールは「このくらいなんてことないさ」と平気そうに言って見せる。
「さて、地下室はどんなものかな」
煌々と光るフォイネシュタインの破片くずを載せた手のひらを、すい、と前に差し出すウィルエール。
しかし、そこには、何もない地下室があるだけだった。
広さ的にもそう広くはない。店舗部分の一・五倍くらいだろうか。壁をよく見れば、いくつか照明を取り付けていた跡のようなものが見え、他には何一つ、特筆することがないほど、何もない。
「ここは術具の在庫を置くか、いや、素材を置くほうのがいいかな。なんにせよ、照明をつけて物置にしよう」
ウィルエールの言葉に、わたしも同意する。そのくらいしか、使い道が思いつかない。
「さて、次は二階を――おや?」
フッと灯りが消える。ウィルエールがフォイネシュタインの破片くずに魔力を込めるのをやめたのだ。
真っ暗になってしまったが、ぱっと、わたしを背にするように、ウィルエールが入り口の前に立ったのが、気配で分かった。
「ウィル……?」
不安になって、ウィルエールに声をかけるが、返事はない。しぃん、と辺りが静寂に支配される。
しかし、それも一瞬のことだった。
――ギィ、ギィ。
何者かの軋んだ足音が、わたしの耳に、飛び込んできたのである。