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不動産屋から預かった鍵を使い、扉を開ける。扉を開くとき、そのまま引っこ抜けてしまうのでは、というほど軋んだ音が響いた。
中は外見よりもさらにひどい。床は抜けてこそいないが、壁紙は剥がれ落ち、クモの巣があちこちにできている。布製品などほとんどないのに、埃が積もっていた。何か小動物が住み着いているのか、動物の足跡と思わしき丸が点々と、埃の上にくっきりと残っている。
壁面に備え付けられた棚はボロボロで、商品を置くことは難しそうだ。
確かに安く借りることが出来たが、これでは内装に手を加えないと店など、とてもじゃないができないだろう。
一歩、中に足を踏み入れると、床もまた、扉に負けないくらい軋んだ。
「これは……業者を入れないと駄目だね。女神、気をつけ――うわっ!」
言っているそばから、ウィルエールの方が床を踏み抜いてしまった。右足が、脛の辺りまで、すっぽりはまってしまっている。まあ、ウィルエールの方がわたしより体重があるので、そりゃあ、抜けやすいだろう。
「大丈夫ですの?」
「このくらいは。ぼくより、女神が問題だよ」
ウィルエールはブーツを履いているから、踏み抜いたところで問題はないだろうが、わたしはショートブーツにひざ丈のスカート。彼の様に踏み抜いたら脛をひっかけて怪我しそうだ。
ここまでひどいとは思わず、こんなにも軽装で着たのは失敗だった。
「壁と……床と、棚。照明もか。照明はまあ、ぼくが術具を作るとして……」
足を引っこ抜いたウィルエールは、次こそ床を踏み抜かないように、慎重に店の中を歩き回る。
歩き回る、と言っても店自体はそう広くない。レジカウンターと棚を置いてしまえば、二、三人でもう満員になってしまうだろう。
部屋の奥には扉が一枚。その隣には工房へとつながるのであろう箇所が開けていた。
工房の方を覗けば、そこは石づくりになっていて、こちらは掃除さえ済ませれば、すぐに道具を搬入できそうだ。
「あら? 階段ですわ」
店舗部分から工房に入ってすぐ、上るための螺旋階段と、下に伸びる階段がひとつづつあった。
下りの階段は、工房の床と同じ材質で、石造りである。けれど、上る階段は木で出来ていて、さっきの店舗部分の床を見ると、上るのには少し勇気がいる。
「女神、とりあえず……下から見ようか」
ウィルエールも同じことを思ったのか、螺旋階段からは離れ、下へ伸びる階段の方へと向かった。
わたしはその後を追い、階段を下りる。直線の階段を下れば、扉へと行きついた。扉の前には少しスペースがあって、ものが置けそうではあるが……ここに物を置いたら、整理整頓の崩壊の始まりな気がする。
「女神、開けるよ」
ウィルエールがそう言い、ドアノブに手を伸ばす。
ギギギィイ、と不気味で硬い音を立てながら、扉が開かれた。