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おかしな夢を見るなんて、何かの予兆だろうか……と思いながら、わたしはギルドへと出勤する。
この世界には夢占いというものがないので、妙に気になったとしても調べようがない。
予知夢みたいなものだったりするのだろうか。今後また貴族として夜会に出る機会はないと思うのだが……。
修理店へとたどりつくと、扉の前にグリオットが立っていた。
「あら、グリオット様。どうかなさって?」
わたしに気が付いていなかったのか、ッグリオットは大げさなほど、肩を揺らして驚いていた。彼の死角になるような位置から声をかけたのは悪かったが、足音を消して歩いていたわけでもない。
わたしが近づいてくるのに気が付かなかったのだろうか。この辺りにはわたしだけで、他に人はいないのに。
「あ、ああ……フィオディーナ様。おはようございます」
驚き、という言葉だけでは済まないほど、彼は動揺していた。なんだろう。
流石のわたしでも、不信感が募る。
わたしが警戒しているのが伝わったのか、妙な沈黙が場を支配した。
「そ、その。別れの挨拶をしに来たんですが……お恥ずかしいところを見せました」
「別れの挨拶?」
「ええ、本日、エンティパイアに戻りますから。一応、挨拶を、と」
そういうグリオットの目線は泳ぎまくっている。わたしを見ようとしないで、視線が、合わない。
何かおかしなところでもあるだろうか、と体を見下ろしてみるが、普段と変わらない。公爵令嬢時代に比べたら、随分と貧相な服を着ているが、別にみすぼらしいというほどのものでもないはずだ。
着方だっておかしくないし、エンティパイアの常識からずれるような格好じゃない。そもそもそんなだったらわたしが着るのを拒否するけど。
「ウィルエール様にも挨拶していきますか?」
「いや、兄上とオルキヘイを待たせているので、これで」
「――?」
違和感だ。動揺している、というよりは、早くこの場から去りたい、という空気を感じる。
わざわざ挨拶しに来てくれたのに、おかしくないか。それならこの場にいない、コウンベールとオルキヘイの様に、わたしを無視すればよかったのに。
……もしかして、わたしに怒られるのが怖いとか?
彼が知っているのは、混じりけのない、ただのフィオディーナだ。その頃のわたしは、随分と沸点が低く、誰彼構わず怒鳴り散らしているように見えたのだろう。
いや、わたしだって理不尽に怒ったりしないですけど!? すぐに怒る性格だったのは確かだが、無意味に怒る人間だったわけじゃない。
「そうですか、それでは、ごきげんよう」
ちょっとイラっとしたものの、最後まで怒ることなく、彼を見送った。
「――あれ?」
グリオットが立ち去ってから、修理店の扉を開けようとして、床に何かが落ちているのに気が付く。
拾い上げてみると、それは蝶の翅を模した何かの欠片だった。翅の根本がぽっきり折れている跡があるので、少なくともこれだけの代物ではないだろう。
模型か、あるいは壊れた術具の一部か。
わたしには見当もつかない。まあ、修理してほしい物なら、持ち主がまた店が開いているうちに来るだろう。
わたしはそれをポケットにしまい、修理店の扉を開いた。