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買ってしまった。
わたしの手の中には、串焼きが一本あった。何の肉かは分からないが、タレのかかった肉である。咲奈の記憶の中にある、コンビニで売られている焼き鳥とはサイズが全然違う。
まったくもって、綺麗に食べられる自信がない。
店の隣で、二人並んで立ち食い。貴族時代の知り合いに見られたら笑いものにされること間違いなしである。
ちら、とウィルエールを見れば、遠慮なく串焼きにかぶりついていた。男性はいいなあ。こうして道端で串焼きに食いついても、ちょっと絵になるのだから。
女のわたしが食べたところで、はしたないと言われるのがオチである。
「食べないのかい?」
じっと見ていたのがバレたのか。ばちり、と、目があってしまった。
「た、た、食べますわよ!?」
謎にキレながら、わたしは串焼きを食む。妙に緊張しながら、それを咀嚼した。ここまで来たらもう、立ち食いがはしたないとか言っていられない。一口食べればあとはもう同じである。
「おいしい?」
「……まあ、それなりですわね」
照れ隠し、とかではなく、純粋な感想である。
冒険者ギルドに来てからというもの、明らかにオヴントーラ家で食べていたものより質が落ちているような料理でも普通に食べられるようになっているのだが、やはり依然として舌は肥えたままである。
公爵家であるオヴントーラ家のシェフの腕前と量重視のギルドの食堂のおばちゃんと比べる方がおかしい話でもあるが。
最上を知ってしまっているから、格段においしい! と喜べるほどの味ではない。無論、まずくはないのだが。
ただ、まあ。
また一緒に食べにこよう、とウィルエールに誘われれば、来てしまうのだろうな、と、なんとなく思った。
味こそオヴントーラ家にいたほうのが上だが、毒見を経由してぬるくなった料理を一人で食べるより、こうして温かいご飯を彼と食べる方がずっといい。
うーん、でもやっぱりちょっとまだ恥ずかしいかな。
頻繁に食べに来るなら慣れるべきか……と考えていると、ぐい、と頬に妙な感触が。
振り向いてみれば、ウィルエールがハンカチでわたしの頬を拭いていた。
「女神、頬にタレがついているよ」
そう言う彼の表情は、愛おしくて仕方ない、と言わんばかりのゆるんだ笑みだった。
そんな表情をウィルエールから向けられたこと、幼子の様に口元の世話をされたこと。恥ずかしさがごちゃまぜになって、一気に体温が上がる。
「ど、どうも! ありがとう!」
わたしは恥ずかしさを誤魔化すように、怒鳴って再び串焼きに噛みついた。
ウィルエールが変な喜び方をしているが――深追いするのはやめておこう。