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 窓を開けていつも通りの時刻に起きられたことを確認したアシュリーは、着替えて階段を半地下まで降りていく。

 昨日、大まかな屋敷の構造を聞いていたので、そこに行けば使用人がたくさんいることがわかっている。立ち入ってはいけない場所は三階だけだから問題ない。

 アシュリーはひとまず人が多そうな場所へ行こうとしたが、廊下を歩いていると若いメイドに話しかけられた。


「あなた誰? ここで何をしているの?」

「おはようございます。昨日から閣下に弟子入りしました。アシュリーです。何かお手伝いできることはありますか?」


 彼女はアシュリーが何を言いたいのかわからなかったらしく、首を傾げた。


「お手伝いって……閣下の?」

「いえ、家事のです」


 ますますわからないという顔をされた。


「えっと……魔法使いとしての弟子なのよね。使用人の手伝いをしろと言われたの?」

「言われては……いないですね。でもこのお屋敷でお世話になるのですから、お仕事もしなくてはいけないでしょう?」


 疑問ではなく、確認のためにアシュリーは言った。孤児院にいたアシュリーにとって、それは当然のことなのだ。魔法を教えてもらって、学校にも行かせてもらえるのだから、その分、たくさん働かなくてはいけない。

 しかしメイドの彼女はとても困った顔をしている。


「ちょっと待って……聞いてくるわ」

「ありがとうございます」


 何の仕事をするべきか聞きに行ってくれるのだと思ったアシュリーは、素直にその場で待った。

 やがて彼女は燕尾服を着た壮年の男性を連れてきた。


「アシュリー・ベルですね。昨日は出払っていて挨拶ができずに申し訳ない。私はジョブスです」

「はじめまして。閣下が任せると仰られていたジョブスさんでしょうか?」

「そうです。私は弟子の方々のお世話や魔法に関することを担当している執事です。アシュリーは使用人の手伝いをすると言っていると聞きましたが」

「はい。孤児院では何でもやっていたので、手伝いでしたら問題なくできます」


 アシュリーが元気よく答えると、ジョブスは奇妙な顔をした。


「弟子の方々が、家事をする必要はありません。ちゃんと専用の使用人が何人もいます」

「えっ、じゃあ、何をすればいいんですか?」

「勉強です」


 今度はアシュリーが何を言っているのかわからないという顔をする番だった。


「……もしかして、授業料が必要だったのですか? わたし孤児なので、お金は持っていないのですが」

「いえ、授業料は必要ありません。学校の方の授業料も閣下が出してくださいます」

「え……」

「それだけ閣下の弟子となられる方たちは将来有望なのです。閣下はたくさん資産を持っていらっしゃいますが、それでなくとも魔法協会からも補助金が出ているので、気にする必要はありません」


 きっぱりと言い切られて、アシュリーはどことなくショックを受け、すごすごと引き下がった。




「すごいとこに来ちゃったね、ルー。院長先生が言っていた心配いらないって、こういうことだったのかな」

「私は人間の営みはいまいちよくわかりませんが、それでちゃんと回っているのなら、問題ないのではないですか?」


 アシュリーは腕を組んで考えた。


「そっか。問題ないんだから、これでいいんだね」


 落ち着かない気分だったが、切り替えの早いアシュリーは、もう気にしないことにした。


「でも朝食の時間まで暇になっちゃったな。ガードナーさんは遊ぶ暇がないって言ってたけど、十分あるよね。庭にいってみようか、ルー」

「はい」


 前庭はいつ来客があるのかわからないので、裏庭への道を探すことにした。少しばかり迷って、窓から外へ出てしまおうかと思っているうちに裏口を発見する。

 扉を開けると、色彩の豊かな光景が目に飛び込んでくる。植木の多かった前庭とは違い、こちらは花々が咲き誇っていた。


「うわ、綺麗だね」

「精霊が多いですね。魔力の高い人間が多いからでしょうか」

「そうなの? もしかして、あのほわほわしたやつ?」

「ほわほわ……」


 ルーヴィスはそれがどんな感覚なのかわからず困惑した。


「花壇にたくさんいます」

「やっぱり!」


 アシュリーは花壇に向かって駆け出した。そのほわほわしたものの輪郭が近づくにつれてはっきりしてくる。

 土色の肌をした小人の姿、恐らく土の精霊(ノーム)だ。小太りがちょっと多い。彼らは居眠りをしたり、追いかけっこをしたりと、なかなか牧歌的な光景だった。


「こんなに近くで見たの初めて」


 遠目に精霊らしきものを見たことならあるが、彼らは近づこうとすると、すぐにどこかへ消えてしまうのだ。


「精霊は魔力をくれない人間は警戒しますからね。この家の魔法使いは、よく魔力と交換に精霊の力を借りてるのではないですか。人間に慣れているのだと思います」

「へぇー」


 話しているとノームたちが何かに気づいたように、順にこちらに目を向けてくる。


「ルーヴィスだ!」


 嗄れた声がした。それを皮切りに、ノームたちが次々にしゃべりだす。


「本当だー」

「ルーヴィスだー」

「わー」


 彼らは楽しそうにルーヴィスに群がっていく。小狼姿のルーヴィスくっついても止まろうとせず、体にどんどんよじ登っていく。


「えっ、ちょっと……」


 いくら、ノームの方が小さいとはいえ、ルーヴィスだって今は大人の姿ではない。あんなに群がられては潰れてしまう。

 アシュリーが助け出そうとした時、ノームたちが弾かれたように軽く飛んでいった。楽しそうに「きゃー」と歓声を上げて。

 ルーヴィスが元の姿に戻っていた。彼は何事もなかったかのように静かに座る。

 しかしノームたちはめげずにまた群がっていった。さすがにまたよじ登られるのは嫌らしく、ルーヴィスは前足でノームたちを踏んでいく。全く痛くないようで、何度されても諦めずに楽しそうに群がられているのだが。

 これは完全に遊んでもらおうとする子供たちと、仕方なく相手をする大人の図ではないだろうか。


「……ルーって人気者なの?」

「神獣なので、知られているだけです」


 困ったように答えるルーヴィスに、ノームたちが反論する。


「ルーヴィスは人気者ー」

「ルーヴィスは可愛いよー」


 アシュリーはぱっと顔を輝かせた。


「そうだよねぇ。ルーは可愛いんだよ」


 成獣姿でもそれを言ってくれる存在に出会えて、アシュリーは激しく同意する。


「アシュリー……私は一応、神獣で狼なのですが。それに忘れているかもしれませんが、本来は幼体ではなく成体です」

「わかってるよ。あ、ちゃんとかっこいいとも思ってるよ」


 にこにこしながらアシュリーが答えると、ルーヴィスは釈然としないのか、尻尾を地面にぱしんと叩きつける。そんなところが可愛いのだが。


「おい、人間」


 何体かのノームがアシュリーの足元に集まっていた。


「なぁに? アシュリーだよ」

「繋いどいてやるから魔力くれ」

「え? 繋ぐ?」


 魔力を分けるのはいいが、繋ぐとはどういう意味か。まだ魔法の勉強を全くしていないアシュリーにはわからない。


「精霊と繋がりを持っていれば、魔力と交換に呼ぶことができます。都合が悪かったり、気が乗らなければ来てくれませんが」

「気が乗らないと来てくれないんだ……」

「はい。だから魔法使いは多くの精霊と繋がりを持とうとします。でも魔力が高くて質のいい人間は来てもらいやすいですよ。ノームは成長を司る魔法が得意なので、人間はよく怪我を治してもらうために呼んでいます」


 ルーヴィスの説明はわかりやすい。ハルベルト候にしばらくはガードナーに任すと言われていたが、アシュリーはむしろルーヴィスに授業をしてもらいたくなった。ルーヴィスは人間の感覚がわからないと言っていたのだが。


「それってルーもできることなんだよね?」

「はい。でも私は月の精霊ということになっていますから」

「あっ、そうか」


 これから魔法使いとして修行するのだから、人前で魔法を使う場面もたくさん出てくるだろう。そんな時に、自力で大怪我を治していけないからといって、ルーヴィスの力をあてにするのもあまりよくないのだ。


「じゃあ、ノームさんたち、わたしからもよろしく。魔力あげるから、繋いでおいてね」

「おう」

「おう」

「おう」


 ルーヴィスのおかげなのか、気に入った人間にしか魔力をもらわないはずの精霊が、次々に繋がりを持ってくれる。おかげでアシュリーは朝食を摂りに行く頃には、疲労困憊してしまった。


 

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