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アシュリーはハルベルト候という人物のところへ弟子入りすることになった。
魔法使いとしての実力が高く、おまけに地位も高い人物らしい。これはアシュリーが魔力暴発を起こしたことが理由だと言われた。
魔力暴発とは、そもそも魔力が高い人間にしか起きない現象らしく、そのせいでアシュリーは将来有望と見なされたのだ。
だがアシュリーは魔力が高すぎることを内緒にすると、ルーヴィスと約束している。これはどうしたものかと彼と相談した。
「それくらいであれば誤魔化せます。アシュリーは精霊の力を借りずに大怪我を治療したり、魔獣数匹を一瞬で倒したりしないように気をつけてください」
「……わたしそんなことができるの?」
「訓練すればできるはずです」
魔力が高いことと、高すぎることの違いがわからなかったアシュリーだが、それは確かに高すぎるだろうと思った。
「それと私が神獣であることは隠しておきたいのですが」
「あ、やっぱりそうだよね。わたしも気になってた」
簡単に孤児院の子供たちにルーヴィスが神獣だと紹介してしまったアシュリーだが、世間知らずな子供と、何事にも動じないように振る舞うシスターだからこそ、この程度の反応で済んでいるのだと、後になって思い至ったのだ。
神獣はかなり珍しいというし、そんな神獣が常に側にいるアシュリーだって注目浴びて、結果的に魔力の高さが露見してしまうかもしれない。
「ただそうなると、アシュリーと一緒に食事ができなるなります」
ルーヴィスは大きな体でしゅんとしょげた。人間の姿になれるのは、神獣の特権のようだ。
「それはできる時だけしてくれたらいいよ。でも一緒にできない時は、ルーはどうやって食事するの?」
「アシュリーの魔力を少し分けてもらうので、問題ありません」
「え? もしかして神獣の食事って魔力なの?」
「はい。魔精のものは基本的にそうです」
じゃあ、そもそもアシュリーが言うところの食事など必要なかったのだ。なんだか恥ずかしくなった。
しかしルーヴィスはアシュリーのそんな気持ちには、考えが及ばないらしく、項垂れているアシュリーを不思議そうに見ている。まあ、非常識なことをさせられたと思われていないなら、それでいいと思うことにする。
「じぁあ、ルーのことは精霊だって紹介すればいい?」
「そうですね。月の精霊ということにしましょう。これなら色々と誤魔化せます」
精霊は主に、火と水と風と土の四大精霊に分けられて、その姿も属性によってわかりやすいのだが、稀にそれ以外の精霊も存在する。
銀狼の姿をしているから、月の精霊というのは、なんとなくそれっぽい。
「私はアシュリーの魔力を気に入って側を離れない精霊で、アシュリーも私のことを気に入っている。これでどうですか?」
「うん、そうしよう。わたしルーのこともハルベルト候に受け入れてもらえるようにがんばるからね」
そうして自分たちの立ち位置を決めたアシュリーは、六年間世話になった孤児院から旅立つこととなった。
ハルベルト候の屋敷は王都にあり、アシュリーは市長の使いの人に連れられて乗合馬車で王都入りすると、そこからはハルベルト候の迎えの人に引き渡された。
「君がアシュリーだね。僕はハルベルト候の助手のガードナーだ」
彼は誇らしげにそう名乗った。少しばかり威圧的ではあるが、有名な魔法使いの助手が、まだ弟子未満の孤児に対する態度としては、おかしくも何ともない。
アシュリーは王都に入ってからというもの、やはり地方の町とでは、建造物だけでなく、住人も違うものなのだなと実感していた。何だか皆が偉そうだと思ってしまうのだ。田舎者の卑屈さが出ているのかもしれないが。
「アシュリー・ベルです。よろしくお願いします」
「それで、どうして精霊が一緒にいるんだい?」
ガードナーはルーヴィスを見て言った。
ルーヴィスの今の姿は子狼バージョンだ。王都でなくても、大きな狼が子供の隣に寄り添っていたら、見た人は驚愕してしまうので、この姿になっている。
道すがら何度も犬と間違われて、綺麗な犬だとか、譲ってくれだとか言われていたが、魔法使いには一目で魔精のものだとわかるらしい。たださすがに神獣だとは見破れないようだ。
「ルーヴィスです。わたしの相棒なので、いつも一緒にいます」
さっきまでしおらしく挨拶していたアシュリーだが、自慢気に答えてしまう。一度言ってみたかったのだ。相棒とか。
ガードナーはそんなアシュリーに胡乱な視線を向ける。
「不当な契約をしているんじゃないだろうな」
「契約はしていません。相棒なので一緒にいるだけです」
「はぁ?」
何言ってるんだこいつ、という顔をされて、アシュリーはちょっと傷ついた。ガードナーはルーヴィスを探るように見る。
「事実です。何か問題がありますか?」
冷静にルーヴィスが言って、ガードナーをじっと見つめた。子狼姿のルーヴィスに圧倒されたのか、彼は怯んだように視線を逸らす。
「問題があるかどうかは、閣下が判断されることだ」
「閣下とは、どなたですか?」
「ハルベルト候に決まっているだろう」
馬鹿にするように言ったガードナーが視線を戻して、また慌てて逸らした。よくわからない人だと、アシュリーは心の中で独りごちる。
「馬車を待たせているから、もう行くぞ」
「え? 待たせて?」
アシュリーにとって、馬車とは待たせるものではなくて、待つものである。疑問に思いつつ、ガードナーの後を付いて行くと、確かに馬車は待っていた。
「すごい! 箱馬車だ! これに乗って行くんですか!?」
「田舎者丸出しではしゃぐな、恥ずかしい」
冷ややかに言ったあと、ガードナーはまたすぐに視線を逸らしたが、アシュリーはそんなことは気づいていなかった。
童話などで存在だけは知っていたが、アシュリーはこの小さくて高級感のある、箱馬車というものを、王都に入ってから初めて目にしたのだ。いつか乗ってみたいと夢想したのは、つい先程のことだ。ハルベルト候はすごい人なのだと、変なところで感心してしまった。
早くしろと促されて中に入ってみれば、孤児院暮らしだったアシュリーにとっては、とんでもない豪華さだった。
ひたすらすごいと言い続けていると、憐れみの目を向けられる。
「これは閣下が使用されるものではないから、それほど豪華ではない。君はどんな暮らしをしていたんだ」
「孤児院です」
「そうだったな」
ため息を吐かれた。どういう意味だろうかと、アシュリーはルーヴィスを見てみたが、彼はアシュリーの膝に頭を乗せて、目を瞑っていた。
疲れたのだろうかと、頭を撫でる。
「それで、屋敷に着く前に説明しておくことがある」
「あっ、はい」
アシュリーは慌てて姿勢を正した。
これからお世話になるのだから、ちゃんとしなくてはいけないのだと思い出す。
「まず、閣下はとてもお忙しい方だ。弟子入りしたからといって、すぐにご指導いただけるだなどと思わないように」
「わかりました」
「君は今の弟子の中では四番目、一番下っ端になる。兄弟子たちの言うことも聞かなくてはいけない」
「はい」
これはもしかして、かなり厳しい環境に入ることになるのだろうかと、アシュリーは恐々としながらも、他に選択肢もないので頷いた。
「それと閣下は教養のない子供はお嫌いだ。きちんと学校にも通ってもらう。その中で魔法に関する勉強と実技も、しっかりこなさなくてはいけない。君に遊んでいる暇はない」
「はい」
これには多少元気よく返事をした。学校に通わせてもらえるなんてありがたい。それに孤児院にいた時だって、年長組ともなれば、勉強や家事や畑仕事や下の子供の世話などで、遊ぶ余裕などなかったのだから、どうってことはない。
「そして、これが一番重要なことだ」
ガードナーは厳しい顔つきでアシュリーを見下ろした。
「閣下は大変立派な方だ。そんな方に弟子入りできた君はとても運がいい。だからこそ、閣下の顔に泥を塗るような真似は、決して許されない。今後、君が何か仕出かしたなら、それは閣下の評価にも繋がることを憶えておけ。場合によっては、君は破門される。そして閣下に破門された人間を受け入れる魔法使いはいない」
脅しのようにも聞こえる言い方だ。しかしアシュリーは彼のハルベルト候に対する敬愛が見えて、精一杯真面目に頷いた。