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「アシュリー、魔力の使い方はきちんと憶えたほうがいいです」


 食事の準備でも手伝おうかと厨房に向かっている途中、ルーヴィスはアシュリーがここを出ることを嫌がっているのだと思ったのか、気遣うように言った。


「また魔力が暴走しないとも限りませんから。でもアシュリーが嫌なら私が何とかします」

「いや、嫌なわけじゃないよ? むしろ魔法でいろんなことができるなら覚えたいかな。ただ、いい暮らしができると言われても、どうなるのか全然わからないから、ちょっと不安だったの。うん、でもルーヴィスが一緒にいてくれるんだもんね。それなら心配することないか」


 アシュリーが笑顔を向けると、ルーヴィスは耳をピンと立てて、嬉しそうに目を輝かせた。


「はい。私が守りますから心配いりません」


 何だか可愛らしくて、アシュリーは夢の中の小さなルーヴィスを思い出した。今の彼は立ち上がったら、アシュリーよりも背が高いくらいに大きくて、立派な体躯を持っているというのに。


「ただ、アシュリー。高すぎる魔力は隠しておくべきです」

「え? なんで?」

「サディはその魔力が原因で死んでしまいましたから。やはり用心しておくべきです。魔力が低くないことはもう知られてしまっていますから、高すぎることは隠しておきましょう」

「そんな器用なことできるかな。まだ使い方も全然わかんないんだよ」

「アシュリーなら、きっとできます」


 断言するルーヴィスは、アシュリーには見えていないものが見えているのだろうが、信頼が強くてちょっと困ってしまう。


「うーん、がんばる」


 答えながら、アシュリーはルーヴィスの態度が少し引っ掛かっていた。

 懸念があるから、用心のために魔力の高さを隠しておこう、という言い方には見えなかったのだ。彼はまるでアシュリーが危険な目に遭うことをわかっているかのような、真剣な表情をしていた。




「何か手伝うことあるー?」


 厨房に入って、昼食を作っていた子供たちに声を掛けると、全員が入口のアシュリーの方を向いた。監督役のシスターはちょうど席を外しているのか、姿が見えない。


「アシュリー、もう大丈夫なの?」


 ロッテが心配そうに駆け寄って来る。だがルーヴィスの姿を目にすると、立ち止まって硬直した。

 他の子供たちも同様に、ルーヴィスを見た顔に恐れが浮かんでいる。


「あっ、大丈夫だよ。ルーは狼じゃなくて、神獣だから」


 シスターたちが冷静なので忘れていたが、こんな大きな獣が突然現れたら、そりゃあ恐いだろう。

 しかし神獣だと言っても、それなら安心だ、とはならないのか、彼らは表情を変えない。小さな子供が年嵩の子供に「神獣って何?」と聞いている。


「神獣だとしても……やっぱり何だか恐いよ。アシュリーは平気なの?」


 後退りながら、ロッテが信じられないという顔をする。


「全然恐くないよ、ルーは!」


 恐くなんてない。むしろ可愛い。皆にルーヴィスの可愛いところを見せてやりたいくらいだ。そうすれば恐いだなんて言えなくなる。

 そう考えてアシュリーは、はっと閃いた。


「ルー、小さくなってみてよ、昨日みたいに! あれを見たら皆、恐くなんてなくなるから」

「わかりました」


 すんなりと承諾して、ルーヴィスはスゥーと体を縮ませた。昨日アシュリーが見たよりも、もう少し成長したルーヴィスが現れる。生まれて間もない姿は、抵抗があったのかもしれない。


「ほら! これなら可愛いでしょう!」


 自信満々に見せびらかしたアシュリーの声を聞いている子供はほとんどいなかった。皆がぽかんと口を開けている。


「……ちっちゃくなった?」

「……変身した?」

「子犬になったの?」


 最後の小さな子供の声だけ、ルーヴィスが反応した。


「子犬ではありません」


 そこは否定したいらしい。声音も変わっていない。

 愛らしい姿になったことよりも、一瞬で変身したことに好奇心を刺激された子供たちが、そろそろと近寄って来た。


「あっ、ルーってあんまり人間に話し掛けられたくないんだっけ?」


 さっき院長が言っていたことを思い出したアシュリーは、ルーヴィスの耳元でこっそり尋ねる。


「個体によります。私は話し掛けられるくらいなら、あまり気にしません。触られるのは好きではありませんが」

「えっ、そうなの?」

「アシュリーは別ですが」


 ほっとして、アシュリーは距離を詰めてくる子供たちに、手を上げて制止をかけた。


「ルーは神獣だから、触っちゃ駄目だよ」


 顔を見合わせた彼らはこくりと頷く。まだ恐さが残っているのか、あまり残念そうではない。


「あなたたち何をやっているのですか。食事の用意は終わったのですか?」


 シスターが戻って来て厳しい口調で尋ねた。子供たちは慌てて持ち場に戻る。

 アシュリーも、恐いシスターがいる場所に来てしまったと思いつつ、手伝いを申し出た。

 手持ちぶさたになったルーヴィスは、子供たちに何度も視線を寄越されて、気まずくなったのか、面倒になったのか、作業台の下に隠れてしまった。

 アシュリーは笑いながら、そんなルーヴィスを覗き込む。


「ねぇ、ルーって何を食べるの?」


 少し考えてから、ルーヴィスは答えた。


「アシュリーと同じものがいいです」

「いいの? お昼はいっつもパンとスープだよ。まあ、他に用意できるものも、ほとんどないはずだけど」

「同じがいいです」

「ふふ、わかった」


 アシュリーは一応、シスターにルーヴィスの分を用意してもいいか聞いてみる。神獣を食事抜きになどできるはずもないシスターは、好きなだけ食べていただくようにと言った。もちろん貧乏な孤児院が差し出せる食事の量など、そんなに多くはない。見栄っ張りだなぁという、正直な感想が漏れそうになった。

 配膳するにあたって、アシュリーはルーヴィスの食事をどこに置くか迷った。

 獣の姿をしているとはいっても、神獣を犬のように床で食事させるのはおかしいだろう。アシュリーだってルーヴィスにそんな扱いはしたくはない。

 考えた末に、アシュリー自分の席の隣に、人間と同じように用意した。違うのはスプーンを置かなかったことだけだ。ルーヴィスは器用そうだし、これで問題ないのではないだろうか。


「ルー、できたよ。席に着こう」


 昼食の時間になって、他の子供たちがぞろぞろと食堂に集まっている中で、ルーヴィスを呼ぶ。

 彼はまだ小さな姿のままだったので、脚の長い椅子のほうがよかっただろうかと考えていると、ルーヴィスがゆっくりと大きくなっていった。

 元の姿に戻るのかと思っていれば、違った。

 もっと細長く、背が高くなり、長い足二本で立っていて、服を着ている。孤児院の子供が着ているシンプルな服を、小綺麗にして大きくさせたような服からは、長い腕も伸びていた。

 白銀のふかふかの体毛は見当たらない。名残として残っているのは、頭部から生えている白銀の短い髪の毛だけだ。

 そう、髪の毛。どう見ても彼は人間になっていた。珍しい髪色と、凄絶な美形という特徴を持っていることを除けば、ごく普通の人間だ。


「ルー……?」


 予想外もいいところの変身をされて、それでもアシュリーがルーヴィスだと認識したのは、琥珀色の瞳が全く同じだったからだ。

 シスターも子供たちも唖然としている。


「この姿はまずいのでしょうか? こっちのほうがアシュリーと一緒に食べやすいのですが」


 一緒にのところを少しばかり強調されたような気がした。アシュリーは自分がお願いしたことを、ルーヴィスが叶えようとしてくれているのがわかって、驚きよりも嬉しくなる。


「ううん。その姿でこっちに座って」


 アシュリーはシスターたちが神獣に説教できないことをいいことに、勝手にそれでいいのだということにした。


「ルーってもしかして、何にでもなれるの?」

「そんなわけはないですよ。この姿と狼の姿だけです。あとは、過去の自分の姿になることなら、可能ですが」

「ふーん、すごいね」


 アシュリーは隣に座ったルーヴィスを、奇妙な気分で見上げた。

 ここ数年は大人の男性を見ることがほとんどなかったから、あやふやな判定だが、多分二十歳前後くらいの外見なのだろう。

 さっきまで四足歩行だったのに、人間としての動作に違和感が全くない。神獣にとって姿形は、人間のそれとは感覚が違うのかもしれない。

 そしてアシュリーはルーヴィスの目の前の食事を見て、はっとする。 

 慌てて厨房までスプーンを取りにいった。

 

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