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「魔獣が強くなっていた可能性が高いな」


 その後、馬車が去っていった方角へ向かって、街道沿いに三時間歩いたところでようやくアシュリーたちは迎えの馬車と遭遇し、乗車することができた。

 野宿を免れたとほっとしているところで、ハルベルトのこの台詞である。


「それって、つまり……」


 言い淀むイアンに、ハルベルトはじっと考え込んでから口を開く。


「被害者がいるかもしれないな。それも魔力の高い人間の。しかし、そんな報告は受けていない」

「……行き違いでしょうか?」


 沈痛な面持ちで言うエステルに、ハルベルトは首を振った。


「わからない。憶測で報告するわけにはいかないな」

「あの……どういう意味でしょうか? 被害者とか」


 置いてきぼりになったアシュリーはおずおずと尋ねた。ハルベルトはアシュリーの正面に座る。


「魔獣が魔力の高い人間を喰うと、力を強めるという話は聞いたか?」

「え? 聞いてないです。そんなことがあるんですか?」

「ああ、しかし魔獣も死にたくはないから、力に自信のあるやつしか魔法使いを襲わないし、成功率も高くはない。一番よくあるのは、そこそこの魔力を持つが魔法使いではない人間が喰われる、というパターンだ。だがそもそも魔獣に喰われる人間が一月に何十人もいるわけではないから、それも珍しいことではある。そしてそんな珍しいことが、起きていた可能性があるということだ。あの二体は話に聞いていたよりも強かった」

「じゃあ、被害者っていうのは……」


 ハルベルトは頷いた。


「魔獣の力を強くできるだけの魔力を持った人間が、魔獣に喰われたということだ。報告にあった出来事と、私たちが向かうまでの間に」

「それは二体共に起きたことですか?」

「そう思われる。どちらの魔獣も魔法を使ったという報告は受けていない」


 ハルベルトは表情を変えずに言うが、それなるとアシュリーには納得できないことがある。


「閣下、魔獣はいるだけ倒せばいいわけではない理由は何ですか?」


 この師匠のように、やろうと思えばもっとたくさんの魔獣を倒せる人がいるのに、人命を無視してまで、敢えて放置する理由がアシュリーには考え付かない。ちゃんと納得できる理由を聞かせてほしかった。


「単純に、そう簡単に数を減らさせてくれるわけではないからだよ」


 乗り心地のよくない馬車で、座る位置を変えながらハルベルトが説明する。


「七十年程前、西の方に魔法使いが多くいた国があった。当時は魔法について、地域による伝承や思い込みが虚偽であることを立証する研究が盛んで、魔法についての実質が解明されていき、魔法でできることも増えてきた。そんな中で魔獣を一掃してしまおうという動きがあったんだ。昔は他にも人が死ぬ理由はたくさんあったから見過ごされてきたが、医療などが発達して、死因が魔獣によるものの割合が多くなって来たから、というのもある」


 ハルベルトが視線を向けてきたので、アシュリーはそこまでは理解できたという意味を込めて頷いた。


「そして魔獣討伐隊が編成されて、大掛かりな討伐が始まった。初めのうちはよかったが、しばらくすると一つの隊では対応できなくなるくらい力の強い魔獣が出てきたんだ。それも何体も。魔獣は驚くべき早さで進化していた。しかし人間はそんなに早く強くはなれない。段々と討伐隊が編成される前よりも被害が大きくなっていき、やがて魔獣は群れて人間に対抗するようになったんだ。そうなると数十人がかりでも勝てなくなってくる。人間に対してより攻撃的に、より強くなった魔獣にその国は蹂躙された。そして最終的に国は滅んだ。他にもいくつかの要因はあったが、それが一番大きな原因だろう。これは仮説だが、魔獣は世界に対して何らかの役割を持っているのだと考えられる。だからこそ、一定の地域内であろうと、滅ぼされる前に驚くべき早さの進化を遂げることができたというのが、今の魔法使いの大方の見方だ」


 ハルベルトはしゃべるのが早く要点だけを言うので、アシュリーは必死に頭を整理した。


「魔獣を必要以上に倒すと被害が大きくなるので、敢えて放置しているということですね?」

「そうだ。町や村から出る旅人や商人たちも、魔獣を追い払ってさえくれればいいので、魔法使いを一人か二人しか雇わず、倒すまでに至らないという事情もある。棲み着かれては困る人間が多い場所や、強すぎる魔獣が出た場合は、魔法協会に連絡がいって、私のような人間が出向くことになる」


 なるほど、とアシュリーはため息を吐いた。ままならない事情があるのだ。


「ルーは知ってる? 魔獣が居なくちゃいけない理由」


 膝の上にいたルーヴィスに話しかけると、彼は顔を上げてから首を傾げた。

 知らないようだ。どうも神獣や精霊たちは、世界の構成だとか、自分たちの存在意義だとか、そういうものをどうでもいいと思っているふしがある。


「……彼は君の前ではよくしゃべるのか?」


 ハルベルトがじっとルーヴィスを見ていた。


「よく、と言いますか普通ですよ。そういえば他に人がいる時は、あまり話しませんね」

「そうか……」


 アシュリーは何となくルーヴィスをハルベルトの視線から隠したくなった。ハルベルトは身分だけでなく、魔法使いとしての実力もすごいことが、今回のことでよくわかった。尊敬もできる人だ。だからこそ、ルーヴィスが本当は精霊ではないことが知られるのではないかという恐れが強くなった。

 ルーヴィスが神獣だと知られると、アシュリーだって普通ではないという疑いがかけられてしまう。修行するようになってアシュリーにもわかるようになってきた。自分は他の三人の弟子と、魔力の高さが違う。

 本当は精霊を呼ばずにブレッドの怪我を治すことができたし、経験や知識がないから出来ないことも多いが、それらを蓄積していけば、ハルベルトのように一人で魔獣を倒すことも近いうちにできるのではないかという気がする。

 でもそれは隠さなくてはいけない。最近は強くそう思うようになった。

 夢のせいだ。アシュリーが見る夢はどんどん不穏なものになっていき、人の悪意は増加していっている

 きっとサディの生はもうすぐ終わりを迎える、そんなところまできていた。

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