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学校が休みの日、弟子全員がハルベルト候に呼び出されて、アシュリーは久しぶりに師匠に会った。
このところはハルベルト候ではなく、ガードナーの弟子のようになっていたが、彼は教えるのが上手いとは言えないから、本当の師匠からの呼び出しは素直に嬉しい。
ブレッドとエステルとイアンも同様なのか、そわそわしながらハルベルト候の執務室に入る。
「これから魔獣退治に出掛ける。お前たちも来なさい。イアンとエステルとブレッドは戦力になってもらう。アシュリーは見学だ。十分後に出掛けるから、用意してきなさい」
相変わらず最低限の言葉しか話さないハルベルト候の唐突な宣言に慌てた四人は、急いで準備のために部屋を出た。
しかしアシュリーは準備といっても何をすればいいのかわからない。服装ならすでに修行のための動きやすい服を着ている。
「エステル、何を準備すればいいの?」
自室に戻ろうとしているのであろうエステルの後に付いていって尋ねると、彼女は階段を駆け上がりながら叫んだ。
「どこに行くか聞いてないでしょ。最悪の場合、一泊野宿もあり得るのよ。その準備と、厨房からレモン水とパンをもらっておいたほうがいいわ!」
一体どこへ出掛けることになるのかと思ったが、よく考えれば魔獣は基本的に街を襲ったりしない。
彼らは人の魔力を喰らうが、群れて行動することが少ないので、人里を襲うというリスクの高すぎることはしない。旅人を襲うのがほとんどなのだ。そして魔法使いは旅人の護衛が主な仕事の一つだ。これも訓練なのだろう。
アシュリーは言われた通りの準備をして、時間通りに玄関ホールに立った。
レモン水とパンはブレッドが先に全員分の用意を厨房に頼んでいたらしく、すぐに受け取ることができた。さすが世話焼きだ。
「では出掛ける。行き先はセザーラ街道だ」
時間ぴったりに来たハルベルト候が立ち止まることなく告げて玄関扉を開けた。
町の外に四人で向かうので、さすがに上品な箱馬車ではなく、重量の軽そうな質素で大きめの無蓋馬車が用意されていた。小型の乗合馬車のようなものだ。
「セザーラ街道で郵便馬車が魔獣に襲われた。魔法使いが二人同行していたが、撃退しかできず負傷したそうだ。その翌日にすぐ近くで、商人が荷物の運送中に襲われた。これも魔法使い一人が同行していたが、撃退のみ。危険な個体と判断されて討伐依頼がきた。しかし話を聞くに、私が出向く程のものではない。よって君たちの訓練とすることにした。まずは三人で討伐を目指しなさい」
馬車の中で淡々と説明するハルベルト候に、イアンとエステルとブレッドは固い表情で、はいと頷いた。エステルなどは顔色も悪い。
それはそうだろう。すでにプロとして働いている魔法使いが、二人がかりで撃退しかできなかった魔獣を、見習い三人で討伐しろと言われているのだから。
しかしアシュリーの頭には疑問が浮かぶ。
「閣下、質問してもいいですか?」
「何だ?」
「魔獣は普通、二人がかりでも倒すのが難しいものなのですか?」
「……ああ、君は魔力暴発を起こした時に、魔獣を一人で倒したのだったな」
兄弟子たちの驚いた視線がアシュリーに突き刺さった。まずいかもしれない。アシュリーは膝の上に乗せたルーヴィスを無意識に撫でた。
「力の弱い魔獣なら、命懸けで戦えば大抵の魔法使いは勝てる。しかし命を落とす場合もある。わざわざそんなリスクを負ってまで、一人で戦う必要はないということだ。魔獣にも弱い個体と強い個体がいるが、魔法使い数人がかりなら、倒せない魔獣はいない。今現在においては」
「ああ、じゃあわたしが倒したのは弱いやつだったんですね」
アシュリーは誤魔化すために笑いながら言った。
「恐らく。他に質問は?」
「……いえ、ありません」
「では、私は少し休ませてもらう」
言うが早いがハルベルト候は目を閉じて動かなくなってしまった。
こんなところで眠るなんて、この人はもしかして寝る暇もないくらい忙しいのだろうか。
何にしろ、時間を全く無駄にしない人だ。
アシュリーたちはハルベルト候を起こさないように、目的地まで大人しく過ごすことにした。
王都を出て、悪路の街道を進む。アシュリーが王都まで乗り継いできた乗合馬車ほどではないが、それなりに揺れているのに、ハルベルト候は目的地近くに来るまで、一度も目を覚まさなかった。
彼は急にぱちりと目を開けると、周囲を見渡して「この辺りか」と呟いた。
詳しい目的地を知らないアシュリーたちは、師匠を起こすべきかそっとしておくべきかわからず焦っていたので助かった。
「イアン、魔獣が近くにいるかどうか、探ってみなさい」
「はい」
イアンは顔を引き締めて、空中に向かって言った。
「来い、シルフィー!」
小さな竜巻が起きて、三体の風の精霊が姿を現す。
「この近くに魔獣がいるかどうか探って、いたら場所を教えるんだ」
すると三体のうち二体は頷いたが、一体は魔獣が恐いのか、激しく首を振って消えてしまった。
イアンは顔をしかめるも、仕方がないので、残りの二体に細かな指示を出して、シルフィーたちは飛んでいった。
「イアン、以前も言ったが、君は魔力の割に精霊の扱いが下手だ。魔法使いは自身の力だけでできることなど、高が知れているのだということを、もっと自覚しなさい。君が自分の力だと思っているものは、君ではなく精霊の力だ」
「……はい」
イアンは羞恥と悔しさが混ざった顔で俯いた。プライドの高い彼は妹弟子たちの前で叱られるのが、耐え難いのだろう。ハルベルト候がアシュリーを見た。
「アシュリー、同じことをしてみなさい」
「え? はい」
実戦以外のことはさせられるらしい。アシュリーは同じようにシルフィーを呼んだ。三体が現れて魔獣の居場所を探るように頼むと、三体とも頷いたので魔力を渡して見送る。
「三体か。アシュリー、君が繋いでいるシルフィーは何体いるんだ?」
「今ので全員です」
ハルベルト候は考え込むように顎に手を置いた。
「全員が来たのか。やはり精霊に好かれやすい魔力を持っているのだな」
ルーヴィスを見ながら、納得したように言う。
恨みがましい視線をイアンから向けられて、アシュリーは首を竦めた。これは一番弟子が新入りに抜かされたことになるのだろうか。以前から無視はされていたが、いよいよ嫌われたかもしれない。
そわそわしながら待っていると、結局飛んでいった五体の精霊が一緒になって戻ってきて、我先にと魔獣の居場所を報告した。アシュリーの精霊が先に戻って来なかったことは、ありがたい。
彼らはまさにアシュリーたちが向かっている先に魔獣がいて、人間が来るのを待ち構えていると言った。




