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「部屋に戻りましょう」


 ルーヴィスがそう言って抱き上げたので、アシュリーはびっくりした。最近は人化しているルーヴィスですら見ていなかったので、この人間にしか見えない青年は本当にルーヴィスなのだろうかと疑いたくなる。

 もちろん間違いなくルーヴィスなのはわかっている。声が同じだし、目の前で変化したのだから。

 それでもなぜか疑いたくなるのは、いつものように可愛いとは思えないからだろうか。

 ルーヴィスは羽のような身軽さで、アシュリーを抱えたまま屋根裏部屋まで跳躍した。どんな力を使っているのか、見当もつかない。さすが神獣だ。


「まだ夜中です。眠りましょう」


 ベッドに下ろされて、幼子のように頭を撫でられて、アシュリーは不満だ。


「……眠れない」


 途端にルーヴィスが心配そうな顔をする。


「恐い夢を見たと言っていましたね。どんな夢だったんですか」


 ただ目が冴えてしまっただけだったアシュリーは、しまったと思った。ルーヴィスはこのところアシュリーがずっとサディの夢を見ていることを知っている。だから適当なことを言って、誤魔化されてはくれないだろう。


「サディになって、いろんな人に非難される夢」


 詳しく言うと、ルーヴィスの辛い記憶を刺激するかもしれない。アシュリーはそれだけ言って、口を閉ざした。

 それでもルーヴィスは悲しげに目をふせる。だが、すぐに顔を上げると、ベッドに座ってアシュリーを持ち上げ、膝の上に乗せて抱き締めた。

 アシュリーは混乱する。こんなことは今までなかった。──いいや、あったかもしれない。

 ルーヴィスが銀狼姿の時は、アシュリーの方から抱きついていたのだ。一日一回はぎゅっとさせてくれとお願いしていた。ルーヴィスは狼姿だったから、抱き締め返すことができなかったけど、人の姿ならできる。それだけのことなのかもしれない。

 ルーヴィスは強い口調で囁いた。


「アシュリーもサディも、何も悪いことなどしていません」


 断固たる確信と、微かに滲む憤りがあった。


「……うん」


 きっとそうだとは思ってもいて、アシュリーはサディのことをあまり知らない。だからルーヴィスにそう言ってもらえてほっとした。

 サディだって、アシュリーだって、あんな目で見られなくてはいけない理由などないのだ。夢の中のあんな軽蔑の視線など、気にする必要はない。


「ねぇ、サディってどんな人だった?」


 前世というくらいだから、自分と似ていたのだろうとしか思っていなかったが、アシュリーはルーヴィスにどう見えていたかが気になった。


「アシュリーと似ていましたよ」


 懐かしそうにルーヴィスは笑った。


「どんなところが?」

「ちょっと能天気で、大抵のことは何とかなると思っていたり、優しいけれど怒ると恐かったりするところです」

「……わたしルーに怒ったことないよね?」

「孤児院の子たちが言っていました」


 なぜわざわざそれをルーヴィスに言ったのか。じっくり問いただしたくなる。


「でもサディはアシュリーほど寂しがりではありませんでしたね」


 ルーヴィスは嬉しそうに言った。その顔を見て、アシュリーは恥ずかしさが湧いてくる。


「……子供っぽいってこと?」

「いいえ。でも私が子供ではなくなったから、そう感じるのかもしれません。あの頃の私にとってサディは、人間でいうところの母親のようなものでしたから」

「そうなの?」


 今の姿からは意外だとしか思えないが、そういえばサディがルーヴィスに母親のように接するところは見たことがあった。


「はい。あの頃の私は本当に生まれたばかりだったのです。通常、神獣や精霊は、生まれた時は精霊界で過ごすものです。それが私は事故か偶然か、人間界に落ちてしまいました。まだ魔力が安定していない頃に、人間界に長時間いるのは危険です。でも私は精霊界に戻る方法なんて知らなかった。衰弱して死にかけているところを助けてくれたのがサディなのです」

「なるほど」


 アシュリーは納得した。

 あんな小さなルーヴィスが、ずっと側にいるくらい、サディに力を貸していたのはなぜだろうかと、少し疑問だったのだ。彼はサディの魔力と引き換えに、サディに力を貸していたわけではなかったのか。


「サディも人間なので精霊界への行き方はわかりませんでしたが、すぐに魔力を消費してしまう私のために、魔力を分けてくれましたし、安定させる方法を模索してくれました。恩人です」

「だからなんだね。初めて会った時、わたしのことを主だなんて呼んでいたの。ここで人間と精霊の関係について学んでから、ちょっと変だなと思っていたの」


 人間と精霊に主従関係はない。神獣については判例が少なすぎてわからないが、精霊になくて神獣には人間との、それも人間が主人である主従関係が成立するというのもおかしな話だ。


「それは二百年前のことだからですよ。当時は人間にとって精霊とは、使役するものでした」

「そうなの?」

「はい。精霊が嘘を吐けないことをいいことに、精霊の魔力を故意に消費させてから、契約を成立させて、好きなように使うというのが普通だったのです。そんな世の中だったので、精霊や神獣に優しいサディは異質でした。私は人の世の事情がある程度わかるようになってからは、サディを主と呼んでいたんです。でないとサディが変な目で見られますから」

「今はもう違うんだね。よかった」


 アシュリーは最初の座学で、精霊を痛め付けたり無理難題を押し付けると、厳罰に処せられると教えられた。法律的にもそうであるし、魔法使いとしても身の破滅になると言われた。

「人間の事情はよく知りませんが、それで人間界に来る精霊が激減したせいではないでしょうか」

「勝手な理由だけど今の方が断然いいね。ルーだってわたしにそんな丁寧な態度取らなくていいのに」

「これはただの性分ですよ。私はアシュリーを守りたいとは思っていますが、遠慮があるわけではありません」

「本当に?」

「はい。これからはもっと遠慮しないことにします」

「……そうして」


 そうすれば、アシュリーだってルーヴィスにもっと甘えることができる。アシュリーはルーヴィスとかけがえのない関係を作りたい。

 胸にもたれかかって抱きついたアシュリーに、ルーヴィスはふっと笑ってから頬を頭に擦り付けた。

 くすぐったくて嬉しい。

 そうして心地好い温もりに包まれたアシュリーは、嫌な夢のことなど忘れて、あっという間に眠りに落ちてしまった。


 

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