11
暗闇の中でアシュリーは目を覚ました。
窓から漏れるのは朝日ではなく、微かな月明かりだ。珍しく夜中に目が覚めたらしい。
アシュリーはすぐにルーヴィスを探した。恐い夢を見ていたから。
しかしいつもすぐ隣で眠っているはずのルーヴィスがいない。
「ルー?」
彼は眠りが浅い。もし部屋にいるのなら、アシュリーの声に反応してくれるはずだ。だが部屋の中は静まり返っている。
「ルー? いないの?」
しばらく待ってみたが返事はない。アシュリーは魔法で灯りを点した。部屋の隅々まで見渡せるようになったが、ルーヴィスはどこにもいない。
「ルー、どこに行ったの?」
大きな不安に駆られた。あんな恐い夢を見た後に、一人でいるのは嫌だ。まだいくつもの軽蔑の目がアシュリーに向けられている気がする。
探しに行こう。そう決心したが、いくら何でも夜中に屋敷の外に出るわけにはいかない。でもきっとルーヴィスは目が覚めて散歩でもしているのだけだ。だから庭にいるかもしれない。屋敷の中をうろうろしているとは考えにくい。
夜中は屋敷中の外に繋がる扉や窓に鍵がかかっていて、アシュリーは鍵を持っていなかった。でもこの屋根裏部屋の窓は開けることができる。
アシュリーは靴を履いて、寝巻きの上に上着を羽織った。
窓の前に立つと、声に魔力を乗せる。
「来て、風の精霊」
小さな竜巻が二つ起きて、二体のシルフィーが姿を現した。先日、ここの庭で仲良くなった精霊たちだ。
「力を貸してほしいの。わたしが怪我をしないように、風を起こしてくれる?」
彼らが頷くのを見て、アシュリーは彼らに対価の魔力を渡すと、窓に足をかけた。
思ったより高いが、自分の力とシルフィーの力があれば、絶対に危険なことにはならないという確信があったので、アシュリーは思いきって、両足で窓の桟を蹴った。
強い風がアシュリーの周囲で巻き起こる。アシュリーは庭に向かってゆっくりと落下していき、地面に着地する少し前に風は霧散した。
「わっ!」
バランスを崩したアシュリーは尻餅をつく。
シルフィーが心配しているのか、呆れているのかわからない顔で、アシュリーの目の前で羽ばたいた。
「ありがとう」
礼を言うと、シルフィーはくるくると旋回しながら消えていった。
一人になったアシュリーは、立ち上がって暗い庭園を見渡す。
人工的に作られた小さな自然の中では、風の音ぐらいしか聞こえてこず、命の気配がほとんどない。
小さな自室から、外へ出たことで、アシュリーはより一層孤独を感じた。
「ルー」
呼んではみたが、何の変化もない。
「……何でいないの?」
ぽつんと暗闇に一人、呼んでも来てくれる存在はない。
六年前と同じだ。
唯一の肉親であった祖父母を亡くした直後、アシュリーはよく悪夢を見ていた。夜中に目が覚めて、つい先日まであった温かく優しい手を探しに行った。
もういないのはわかっていたのに、探さずにはいられなくて、孤児院の廊下や厨房を歩きわたり、菜園場まで出て、やっぱりいないのだと実感する。
アシュリーはいつもそこで泣いていた。泣きながら「何でいないの」と亡くなってしまった人たちに問いかけていた。
その時の気持ちが甦って、胸が締め付けられる。
ルーヴィスはいなくなってしまったのだろうか。これまでずっと、片時もアシュリーの側を離れなかったのに。
もしそうなのだとしたら、アシュリーはまた一人ぼっちだ。
寒くないのに、震えて腕を擦る。ただ少し姿が見えないだけなのに、最悪のことを考えてしまう。いつもはこんな風じゃないのに。
アシュリーは膝を抱えて蹲った。少しの間そうしていると、遠くから声が聞こえたような気がして、顔を上げる。
「アシュリー!」
大きな銀狼姿のルーヴィスが、こちらに向かって駆けてきていた。
アシュリーはほっと安堵する。
やっぱり散歩にでも行っていただけなんだ。そう思って立ち上がった時、ルーヴィスの姿が人間へと変化した。
駆けながらそれをしたルーヴィスは、勢いを削ぐことなくアシュリーにぶつかる。
衝撃はほとんどない。アシュリーはルーヴィスに抱き締められていた。
こんなことをされるのは初めてで、アシュリーは驚きで言葉が出てこない。
「……部屋に戻ったら、いないので……慌てました」
ルーヴィスの声は震えていた。アシュリーが消えてしまったのかと、ひどく心配したことがそれだけでわかるような言い方だった。苦しいくらいに、腕に力を込められる。
アシュリーは胸が温かくなった。
ルーヴィスはいなくなったアシュリーを、必死で探してくれるのだ。
「ルーがいないから……探していたんだよ」
腕の力が弛んだ。
「……そうなのですか?」
「そうだよ。恐い夢を見たのに、側にいないんだもん。だから探していたの」
アシュリーはルーヴィスの背中に腕を回した。
「それは……すみません」
「呼んだのに来てくれなかった」
子供らしく拗ねるアシュリーの髪をルーヴィスが撫でる。
「すみません。でもそれは……アシュリーだって悪いですよ。精霊と同じように、私とアシュリーだって繋がっているんです。アシュリーが魔力を乗せて呼んでくれれば、すぐに駆けつけました」
「……そうなの?」
アシュリーが顔を上げると、そこには優しく微笑みながらも、嬉しさを隠しきれていない美しい顔があった。
「はい。アシュリーが呼べば、すぐに駆けつけます」
「……うん」
髪を撫でる手があまりにも優しいから、アシュリーはもう少し甘えたくなった。
「ルー、わたし寂しがりなんだよ」
「そのようですね」
「だから黙ってどこかに行ったら駄目だよ」
ルーヴィスは笑いながらわかりましたと言った。
心地好い温もりに包まれながら、アシュリーも笑う。ずっと側にいてもらうために、できることは何でもしようと思った。




