第2話《3》
空間から滲み出すように現れたのは、後ろ向きに降参ポーズをしている少女のシルエットだった。
量の多いショートボブを上品にまとめ、カジュアルなスーツに身を包んでいる。
少女は背後からでもハッキリ分かるほど胸のボリュームがあった。
「すいません、もう振り返ってもよろしいですか!
NM洗浄でまさか服を脱がれるとは思ってなくてですね!?」
「最初からいたのかよ……センサー見るまで気付かなかったぞ」
「ボクも、伯父さんに耳打ちされるまで気付かなかった」
センリとユウキが憮然と呟く。
「取りあえず名前と所属、ここに来た目的を言え。
内容次第では不法侵入と――痴漢の罪で自警団を呼ぶ。
ユウキのファンは多いぞ?」
「ち、痴漢!?
私の名前はテッセ・アンティリーズです!
所属は《次元管理局》、階級はドミニオン・オフィサーになります。
目的は……ええと、霧と夜に紛れて格好良く出てこようと思いまして……」
少女が肩越しにそっと様子をうかがう。
年頃はまだ十代だろうか。人の良さそうな顔が困惑の表情を浮かべている。
ユウキがセンリにチラとアイコンタクトするが、降ろせのサインがなかったので銃のホールドは続けた。
聞き捨てならない単語を拾ったセンリの目が細まる。
「管理局って……お前、もしかして異世界人か。
この世界に《船》を墜落させ、超分子ロボット群をブチ巻けてメチャクチャにした張本人ども!」
「わ、私個人はゲートシップの転移事故に関わっておりません!
アリバイもあります」
「――ふん。
あんた個人が何かした訳じゃないのは理解する、そこは謝らなくていい」
「その、はい……とりあえず色々ごめんなさい。
すぐ顔を出すつもりだったのですが、あまりに綺麗だったのでタイミングを逸して。
えー、手を下ろしても?」
「武装解除したらね」
「お尻のホルスターに銃、鞄に《パークジェット》が五枚です。
ただ、私に勝手に触ると服が自動反撃します。
私の服――《ジアペルタ》は強力です。
よろしければ、自分で解除させていただければ」
「ゆっくりとね」
頷いたテッセが、自分の武器とカードを机に並べた。
カードは特定の機能を発動させるプログラムドNMを封じたモノだった。
センリとユウキは肌に直接描かれるが、どうやら異世界では外付けらしい。
ついでに身分証明書も提示させる。
確かに次元管理局のドミニオン・オフィサー、テッセ・アンティリーズとある。
「伯父さん……この子、僕たちの切り札を持ってる。
チート能力って密かに思ってたのに」
並べられたパークジェットを見ていたユウキがずーんと落ち込んだ。
ユウキが見ていたカードには《グリッチ》と刻印がある。
「なるほど、あなたもグリッチをお持ちですか。
よい物をお持ちですね」
テッセはニコニコしていたが、センリはその態度に疑って入るような色があるのを見逃さなかった。だが指摘はせず、代わりにカードを見る。
「この野暮ったい刻印からすると官給品か。
シティマイニングで入手できるのとは比べものにならないくらい、新しそうだな。
――それで、あんたがここへ来た目的は?」
「目的は――ええと、その、情報をお分けして欲しいと思いまして。
さ、先程の戦闘ログをお譲りいただけないでしょうか。
プラス、そちらでお持ちの《グリッチ》を別のパークジェット……そうですね、五枚ほどとトレードいかがですか?
グリッチはジーリライトを用いた超空間ショートカットですから価値は高い」
「え、交換ってどう……」
ユウキもセンリも、パークジェットはタトゥーみたいに肌の上に直接描かれる。
流石に引っ剥がせない。
「ユウキ?」
呼びかけられてユウキが口を閉じた。センリは静かに何かを考え込んでいる。
テッセという少女がここへ来た理由は不明のままだ。
ついでに、先程の戦闘という言い方をするということは――
損得がまるで判断つかないユウキは、銃を構えながら大人しくセンリの結論を待った。
テッセがにこにこしながら沈黙を破る。
「お悩みのようですが、お時間かけても有利になるとは限りません」
「戦闘記録は賞金と引き換えに渡す予定だから無理だな。
だが個人的な所感ならいい。
そうだな……明日にでも時間くれないか?」
「了解しました。
でしたら……よろしければ、お食事でも奢らせていただけますか?
無礼のお詫びを兼ねて個人的に。
そこで色々とお話しをさせていただくこともできるかと」
「ノゾキにきてデートのお誘いかい。
オレもユウキもセックスを売る商売はしてないんだがな」
「裸は見てません!
あ、いえ、ほ、ほんのちょっとだけ……本当です!
――無作法は謝ります。
ダークヒーローみたいに格好良く出現できないかなと……」
ぺこんと頭を下げ、そのまま。
勝手に頭を上げないところを見ると本気で謝っているらしい。
「ユウキは過度に女性扱いされるとキレる。もちろんノゾキでもだ。
気をつけてくれ」
「お、伯父さん!」
「女性扱い? 伯父さん?」
「さっき聞いてたろ?
オレは元々おっさんで、ユウキは男子高校生だ。
二人とも《転生》させられたんだよ」
ユウキも硬い表情で小さく頷いた。
「船の残骸の一部が故郷の街にも堕ちたんだよ。
おかげで身体がネオンサインみたいになっちゃって……結局イースに捨てられた。
そこで事故だか事件に巻き込まれたんだ。
目覚めたら伯父さんと二人、変な地下施設でこうなってたよ」
「ふむ……私の着任前にイースで起こった事件でしょうか。
確かに不審なジオフロント施設でそのようなケースがあったかと聞いています。
お二人とも、ご無事で何よりでした」
無事という言葉にユウキとセンリが嫌そうな顔をする。
二人とも命以外のすべてを失ったのだ。
「しかし《転生》となれば、コネクトーム移植やオルガノイド生成も可能な高々度医療施設があったことになります。
ですがキャメロン号……墜落したゲートシップにそんな高度な物を積んでいた記録はない。
その辺、もう少し詳しく教えていただいても?」
「なら明日の晩だ。
場所と時間を教えてくれ」
「では……セントラルアイルのキャリック・スクェアに十八時で。
目印はなくても大丈夫、お二人ならすぐ見つけられます」
「おいおい、観光地ど真ん中へ汚染者呼ばわりされてるオレたちに来いってか……
ユウキ?」
「行ったことないから、任せる」
「――分かった、そこでいいから目立たないとこで頼む」
「はい!」
センリの返答を聞いたテッセがお開きと判断して自分の装備を戻し始めた。
ユウキは背筋を立てたまま微動だにしない。
本職からスカートでの動きにダメ出しされると嫌だったからだが、それをテッセは敵意ととった。
「その……私たちを恨んでおいでですか」
「デートの時は笑ってるようにするよ。
初じめてデートなんで、本当はボクがエスコートしたいところだけど」
「初デート……ですね、これってデートですね!
実は私もなんです!」
ぱっと笑顔が咲いた。
テッセは子供みたいに礼儀正しいお辞儀をすると、今度は扉から退出する。
センリもユウキもしばらく無言だった。
やがてユウキが眉をひそめる。
「どうだ、ユウキ」
「生まれて初めてナンパに成功したって誰かに伝えてから気配消えた。
凄い嬉しそうだったな。
それより、受けちゃってよかったの?
ボクのグリッチは取れないけど……」
「ああ、そこは断る。
ただ異世界人に個人的なコネは作っておきたい。
明日は愛想よくな?
もちろん、アイツがセクハラしてきたら速攻で帰るが」
センリが唐突にユウキの肩を抱いた。
「なに?」
「いや……スカート似合ってると思って。
他人に言われるとムカつくが、やっぱりここまで見た目女の子なら可愛い方がいいわ」
「男と女の違いって何だろうね」
ため息には哲学的な空気が混じっていた。