第1話《3》
「ユウキ、よくやった!」
「伯父さんも無事で良かった……けど、早めに賞金の申請をお願い。
ここ、もうすぐブローアウトが始まるよ」
ユウキが切断したキマイラの残骸をチラと見る。
既に活動は停止したにも関わらず、広範囲に点々と飛び散った血のように赤い体液はぼんやりと発光し続けている。黒く濁る様子はない。
「分かった、お前の感覚はいつも正しいからな。
先にバイクを頼むよ」
苦笑いする碧が、頷いてバイクに走ってゆくピンクを見送る。
代わりにバッテリーを貸してくれた指揮官たち一行が駆け寄ってきた。ボロボロだったが、動けるくらいだから命に別状はないだろう。
「ちょっと、君!」
指揮官からの誰何を受け、碧が面倒くさそうに手をヒラヒラと振る。
その手に一枚のカードが現れた。まるで魔法か手品だ。
「オレたちのIDだ、先に賞金の処理を頼むよ。
――あとバッテリー有り難う、あれを貸してくれたから皆を救えたよ」
「え、あ……ああ、どういたしまして……」
鼻先にカードを突きつけられた指揮官が、バッテリーを受け取る代わりにノロノロと腰のスキャナを取り出した。
カードを読み取らせると小さなモニターに二名分のハンターライセンスが表示される。
名は栄衛千里、七瀬結城。
指揮官とスキャナの拡張AIが共に申請を受理し、賞金の支払い許可を出す。
これで指揮官かクロスアイのどちらかが本部に戻ってくれれば、ハンターが記録している戦闘ログと引き換えに賞金が引き渡される。
後ろからユウキの運転するバイクが来てセンリを拾った。
「毎度ありがとうございまーす」
センリの和やかな笑み。
愛想笑いの営業スマイルだと分かっているが、それでもつい指揮官の厳つく四角い顔から角がとれた。色彩を差っ引いても、とてつもなく可愛い笑顔だった。
「お、お疲れさまです……」
勢い余って両手でバンザイする格好になった指揮官が二、三歩下がる。
バイクが電子の咆吼とともに走り去った。
「あんたらもすぐ逃げた方がいいぞ、もうすぐブローアウトが始まる。
ウチの子の勘は良く当たるんだ」
去り際にセンリが警告をあげた。
だが警告は呆然としていた指揮官の右耳から左耳へ抜けた。不幸なことに。
「な、なんだったんだ……あの娘たち」
「大雑把に言えばアレの同類ですよ」
肩に怪我人を担いだ中年のUN兵が後ろからくいっと顎をしゃくる。
その先にあったのは二つに分かれた残骸のうちの一つだ。飛び散った赤い血がうっすらと光っている。
「え……?」
「NMで組み上げられた《都市》の申し子たち。
ブチまけられた方が失敗例、娘っ子たちが成功例なんでしょうな。
まあ……中身が外見と同じとは限りませんが」
「成功例……って、ええ!?
NM汚染者ってもっと中途半端で気色悪いモノじゃなかったのか。
ノースコアの聖病院にいるフリークスとか……」
「しっ、声が大きいですよ!
異世界の連中はそういうヘイトな発言に厳しい。
《都市》の恩恵が惜しいと思うなら、地位に見合った発言を心がけて下さい。
――さ、残りの仕事を片付けましょうや。
これが不幸な事故か犯罪か、調べることはたっぷり残ってます」
「あ……ああ、だがまずは怪我人の救護を頼む。
それと調査班を……」
その瞬間、来た。
飛び散ったキマイラの血が激しく輝き出し、周辺の質感が変わる。呆然と立ちすくむUN兵たちを置いてきぼりにしたまま、ビジネス街の錆びたグレイが鮮やかで清潔なホワイトへとモーフィングしてゆく。
「ブローアウト……こんなときに」
NMの暴走によって作り上げられた《都市》は、常に姿を変えている。建物や地形すらも、例外にはなり得ない。
UN兵たちの周辺に壁が建ち、天井が覆い、床が敷かれてゆく――
「今度は病院か……」
指揮官がそーっと頭を上げる。
呟きの通り、周辺に前世紀的な大病院のロビーが生まれていた。
キマイラの残骸は見当たらない。
「巻き込まれた者は……いないな。
ちょうどいい、少し古そうだが病院なら薬や包帯とかもブローアウトされてるだろう。
シティマイニングだ、動ける奴は怪我人を連れて外科へ行ってくれ……」
ブローアウトはガワだけに終わらない。内部も細部は適当とはいえ、それなりに再現される。そういったモノの中から価値のある素材や物品を収集していく行為を、都市の住人たちは《シティマイニング》と呼んでいた。
――負傷兵の一人がひょいと手を上げる。
「コマンダー、ブローアウト時は付随してキマイラが生まれることがあります。
コアになるのは死体だけと限りません。
シティマイニングに武装は必須で、初めてなら初心者支援用アプリもあった方が……」
「詳しいのか?」
「何度か行ったことがありまして」
「そうか……
馴染みのハンターがいるならオレにも紹介してくれよ」
どっと疲れた指揮官が、《都市》によって生成されたばかりのベンチに座り込む。
座り心地は――見た目通りだった。