エピローグ
月が高く上がった頃、管理局ビルの地下駐車場に黒塗りの高級車が滑り込んだ。
「ふう……」
溜息をついた羽島が車を降りた。顔には疲労の色が濃いが、スーツには一分の隙もない。
あれから何日も掛けて事後処理を完璧に終わらせ、都市監察機構との調整も残らず済ませた帰りだった。
「やっと雰囲気が変わってきたな。
やはり《都市》在住者を監察機構のメンバーに加えたのは正しかった。
好ましい変化だ」
今回の事件では被害を最小限に食い止められた。それは実績となる。
これまでの《都市》管理機構は他人事のような雰囲気があった。だが、これらは少しずつ変わっていくだろう。都市は人の住処なのだ――
羽島が時計をちらと見る。
「飯を食い損ねたな……
テッセとメイタはまだメディカルポッドだろうし、妹はとっくに寝てるだろうし……
夜食でもプリントするか」
コツコツと革靴の音を響かせながらエレベーターまで歩こうとして、ふと足を止めた。
ガレージの片隅に、新たに加わった仲間の装備や荷物が増えている。装備――スワンリッターと呼ばれているバイク。
「ああ……そういえば来てくれるといってたな」
センリの言葉を借りるならば、二人は復讐の女神ということらしいが――
羽島が専用スタンドに立てられたバイクにそっと歩み寄った。
わずかな葛藤の末、シートに触る。
触り心地のいい手触りとともに、ここに座って《都市》を駆け巡った可憐で凛々しい勇姿を思い浮かべる。
クールな顔が本能的ににやけたので、慌てて気を引き締めた。
とっさに地下駐車場を見渡すが誰もいない。
「ちょっとだけ……」
羽島が嬉しそうにシートをまたいだ。
バックシート側に収まり、再びそこにあるべき小さな背を夢想する。
格好悪いかもしれないがタンデムの方が嬉しい。
この願いをいつか叶えることができるだろうか――羽島がそんなことを考える。
「同僚になったのだから可能性ゼロってことはない。
焦らずゆっくりと……」
シュっという作動音とともに羽島の目の前にあった扉が唐突に開いた。
ブルーグリーンが顔を覗かせ、無造作に羽島と目があう。手に持ってるリンクコムには何かのアラートが踊っている。
「あ、盗難防止センサー……」
冷たい汗がだくだくと流れ落ちはじめた中で、羽島の理性が状況を整理した。
呟きにセンリが首をかしげる。
「なんだ、乗りたいのか?
スワンリッター、鍵外せ。
――OK、免許あるならそのまま出していいぜ」
電子キーの外れるカキュっという音がやけに大きく響いた。
「あ、いや、その……」
「んー、そんなライセンスないよねー、お・に・い・さ・ま?」
後ろに派手なジャージ姿のフォクシーが続く。
チェシャ猫みたいな猫目猫口をした妹が、心の中で爪を研ぎ始めていた。
羽島があえぐ金魚のように口パクを繰り返す。
葛藤を無視してセンリが振り返った。
「ユウキ、羽島さんがスワンリッターに乗りたいそうだ。
ちょうどいいから、慣らしがてらタンデムでその辺を流してきてくれ。
タイヤ取り替えたばっかだから無茶はナシな」
――羽島が一瞬で居住まいを正す。
妹が腹を抱えて笑い出したが、構っていられない。クライマックスの気配が近づいてきた。
「はーい」
真新しいライダースーツ姿のユウキが奥から出てきた。
今度のはぴったりとフィットしている。
それを確かめるかのように、ユウキがその場で軽くストレッチ。伸びやかな四肢に羽島の目が吸い付けられる。
「ユウキ、ちょうどいいからメシ買ってきてくれ。
軽いのでいいよ。
引っ越しとバイクの整備で食い損ねたし」
「あ、夜食なら私の分も。
あとテッセとメイタが起きたみたい。二人も軽く何か食べたいって。
兄さんも食べるなら、立て替えておいて」
「あ、ああ……任せておけ。
なら二人で買い出しだ」
二人でという部分が自然に聞こえるよう全力を費やす。
おそらく上手く行ったはずだ。
ユウキが自分の分と一緒に予備のヘルメットを持って近づいてくる。
「羽島さんもバイクに興味あるんですか?」
にこっ。
バイクから降りる気配がない羽島にユウキが同好の士へ向ける笑みを向けた。
問答無用だった。羽島が胸中で美に酔いしれる。
「ああ、ちょっとだけね。
慣れてないからお手柔らかに頼むよ」
後ろでエレベーターの扉が開き、テッセとメイタも顔を出した。
「あー、羽島さんずるい!」
テッセが羨ましそうな顔で駆け出そうとする。
横では妹が物凄い顔をしているような気がしたが、もう気にならなかった――
こうして、次元管理局セラム114支局は波乱のスタートを切ることになった。
<了>




