第9話《2》
スワンリッターが電子の咆吼をあげ、入り組んだ回廊の奥へノーズを突っ込んだ。
怪物はユウキたちを追わずに回廊の端に着地した――かと思うと、全身がギチギチと盛り上がり、しなやかな体躯の獣へとボディが組み変わる。
前方には鋭い牙を持つ小さな頭部が、盛り上がる両肩と腰からは高速移動に適した四脚が伸びた。さらに全身が黒い鱗に覆われる。まるでドラゴンが四つ足の獣に進化したかのようなフォルムだ。どうやらスワンリッターを狩るため専用に再構成したらしい。
ただし完全ではない。キャンサーのせいでアチコチが分解と再構成をデタラメに繰り返している。
それでも動きに支障はないらしく、間髪入れず巨大な体躯が疾走を開始した。
「巨体をぶん回すなら地面を蹴飛ばせる方が有利って判断したか。
キマイラの割に頭が回るな……あっ、待てユウキ!」
センリの静止より早く、ユウキがリアカメラ越しに回転剣を投擲した。
疾走する怪物の肩に筋肉が膨れあがり、黒い鱗がそそり立つ。鈍い音が響いた。怪物の鱗で弾かれた回転剣が空中に跳ね返される。
「戻れっ!」
回転剣が壁にぶつかる寸前に辛うじて体勢を立て直す。怪物からの追撃も何とか躱してユウキの手に戻った。
「オレたちの攻撃が対NMに特化してると見透かされたな。
NM抜きで超硬素材の装甲を作りやがった」
「じゃあセカンダリー攻撃しか通じないってことか」
怪物が跳躍し、スワンリッターをかみ砕こうと鋭い牙と爪が迫る。
「そうはいくか!」
バイクがパルクール機動で昇り階段へ飛び込んだ。
ビーストモードの怪物も迷わず追ってくる。
『OO――EEOOHHH――』
バイクが階段を抜けて回廊へ飛び出た瞬間、怪物から青白い光弾が放たれた。
炸裂してシティマテリアルが灼熱する中をバイクが駆け抜け――
「あちゃちゃちゃ!!」
「伯父さん、どっかに当たった!?」
「爆風が熱い! あいつ温度あげやがった!」
「あー、おへそ丸出しだもんね」
回廊を抜けたバイクが急ターンで大ホールへ飛び込んだ。中はキャンサーだらけで何もない。
センリがキネシック場でホールの入り口を塞ぐ。
「……っ!? 伯父さん捕まって!」
ユウキのNMセンスが大警告を発したが一瞬遅かった。
衝撃のような大音響とともに天井が砕け、飛び出した怪物がスワンリッターに飛びかかる。
『GRAAAAAHHA!』
「ペンデュラムスピナー!」
迫る怪物へほぼゼロ距離からの切断光輪。キネシック場の変更シールド。同時に荷重移動、ギアチェンジ、フルアクセル――からの、パルクール機動!
秒の攻防!!
バイクはムチャクチャな機動で奇跡的に怪物の攻撃をすべて躱しきり、外へ飛び出した。
無茶の代償でユウキもセンリも涙目だ。
凄く可愛いが、お互いそれどころではない。後方で怪物が咆哮を上げ、大量のフラッキング弾が打ち出された。ケミカルな大爆発の連続がバイクを追う!
さらに――
「あああああ、武器取られたーっ!」
ユウキの悲痛な叫びを裂くように飛び出した怪物がバイクを追撃する。
その背中には鱗を粉砕した回転剣が突き刺さっていた。
剣は自力で抜け出そうとグニグニ動いていたが、ボディの分厚い筋肉がブレードをがっちりくわえ込んでいる。
「最低射程を思いっきり割ってた上に、凄い勢いでこっち迫ってきてたからな。
ユウキ、アイツに近づけるか?
剣を取り返すついでに、あいつの動き止め――あちゃちゃちゃ!!」
怪物が青白い熱線を吹く。どうやらセンリに対しては熱攻撃が有効だと気付かれたらしい。
「えーと、近づいていい?
いいなら何とかやってみるけど……」
「半裸の人ってどーやって攻撃防いでんだろう……
ええい、行けユウキ。
こっちは精神力で乗り切る!」
「じゃあ、あそこ……回廊がトンネルになってる部分でアレ仕掛けるね、伯父さん」
「アレって……ああ、前に曲芸でやった奴か。
あの全然受けなかった。
ユウキ以外の誰も出来そうもないのにな」
「あの時より腕も上がってる、この速度でもやってみせるよ!
三つ数えるよ」
散々走り回って収集した地形データから算出されたミッションポイントを指す。
ユウキがスワンリッターを長いトンネル状の通路に突っ込ませた。中は直線。速度を一定にすると、ユウキが小さく呟く。
「3」
ユウキたちを追ってトンネルに突入した怪物が入口を破壊する。崩落した瓦礫で出口が塞がれた。
ユウキが小さく呟く。
「2」
怪物が物凄い早さでスワンリッターに迫る。
ユウキが小さく呟く。
「いち!」
センリとユウキが動いた。
スワンリッターがリアを流し、ユウキが車体をとんでもない角度でバンクさせた――瞬間、前輪と後輪の回転が逆転した。
超電動バイクが持っている特性の一つ、両輪でのバック!
超高速で回転方向を入れ替えたため、通常とは逆に前輪側がパワースライドする。
アクティブセーフティ総動員、アンチスリップジェットも全開。
ユウキがスワンリッターの安定と不安定を素早く繊細にスイッチさせながら、T字スライドブレーキをかけた。
バイクにはあり得ない急制動がかかる。
普通なら反作用で木っ端微塵に吹っ飛びそうな無茶苦茶な反動に、クロムドーム製のバイクはギリギリ耐えてくれた。センリもキネシック場でシールドを張り巡らせる。
対する怪物は、反射的に四つ足すべてと腹とで渾身の全力急ブレーキを掛けた。
「まだまだぁぁ!」
スワンリッターがT字ターンからリバースのまま片輪をウィリーさせ、怪物の背に乗り上げる。
目の前には――回転剣のグリップ! 剣が再びユウキのコントロール下に入る。
「ペンデュラスムスピナー、フルブースト!」
ユウキがゼロ距離からゼロタイムで再びセカンダリー攻撃を発動させた。
突き刺さったままの切断光輪が最大出力で怪物を切り裂く!
バランスを崩した怪物が転倒し、火花を上げながら転がり出す。ユウキはバイクを降ろし、怪物に対して相対的な静止状態を保った。ついでに戻ってきた愛剣を歯で受ける。
無様に引っ繰り返った怪物が、慣性とユウキのライディングテクにより相対で磔にされる!
装甲から伸びたジオレイジのバレルが怪物の真芯を捉えた。
「もらったあ!」
クロスアイが発射可能をジャッジする。
次の瞬間にはキャンセルされそうな勢いだったが、センリは迷いなくトリガーを絞った。
発射された白い点がスローモーションのように怪物の胸に吸い込まれてゆく。怪物はほんの一瞬だけ抵抗したが、あっけなく押し切られた。
空間が大球形に歪んで消滅し飛ぶ。
「伯父さん、逃げる!」
「おう!」
ユウキ駆るバイクは、グリッチまで総動員して怪物から一気に離れた。
背にしがみついたセンリもキネシック場をフル展開する。
ゆっくりと崩壊してゆく不定の《都市》の隙間を、モザイクで出現したスワンリッターが縫うように駆け抜けてゆく――
下から突き上げるような振動とともに、宇宙船のように再構成されていた《都市》が一気に膨らんだ。内圧に耐えきれず各所から次々と爆発が起こり、莫大な爆煙を噴出させる。砕けるたび爆発が起こる。
やがて《都市》はブロック状に崩壊していった。
最後に残骸各所から小さな放電がいくつか生まれ――消滅とともに静寂が戻ってくる。
「よい……しょ!」
巻き込まれて天井が抜けたホールで瓦礫の山がぐらりと傾いた。
テッセのジアペルタがはい出してくる。
センサーを確認してからニコニコと笑った。
「許容範囲内……大丈夫です、メイタ!」
横からメイタが這い出してくる。
けほけほと咳き込みつつ、不安そうに天井を見上げた。
「天井が抜けてる光景は心臓に悪いわね。
――テッセ、他は?」
テッセが答えるより早く、キネシック場で遮蔽されていた空間から美少女二人の乗る大型バイクも一緒に這い出てきた。
バレルがネジ曲がったジオレイジごとセンリが両手を振る。ユウキも続いた。
「こっちは無事だぞー!」
「何とか生きてるよー!」
二人ともボロボロだ。センリのソレは、もはや服ではない。もう中身オッサンでもいいや……と、覚悟を決めさせるような魅力に満ちている。だが小走りでやってきたメイタには通じなかったのか、自分の上着を掛けてやった。
バイクから降りたユウキも、その場にぺたんと座り込む。
やってきたテッセとしばらく見つめ合った後、二人が笑って空を仰いだ。やりきって清々しい笑顔だった。
その笑顔はセンリと同じく、中身が男子でもいいと覚悟を決めさせる程の魅力を持っていた。
――無論、ユウキとセンリにとっては大きなお世話だが。
テッセとメイタが都市をボーッと見つめるその脇で、ユウキとセンリも肩を並べた。
「ふむ、すっかり変わってしまいました。
《シドの遺産》も反応ありません」
「これはゲートシップ……セラム114に落ちたキャメロン号の一部?
リセットを喰らいすぎた《都市》が最初の状態に戻ったとか」
「ユウキたちが見たという施設も再生されたかも知れません。
またブローアウトが起こる前に調査に入りたいですね。
今度はユウキやセンリと一緒に!」
「へいへい、そっちが行くならオレたちも行くよ。
――ユウキ、どうやらオレたちの過去は残ってくれたらしいぜ」
「当分は退屈しなくてすみそうだよ、伯父さん」
ユウキとセンリが笑い合った。




