第9話《1》
『HUUM――』
怪物が形成したばかりのブレスバレルを口内へ収納すると、テッセから受けたダメージを再構成しようとする。だがフレーム各所でキャンサーがぐちゃげた。テッセの与えたダメージは決して小さくはなかったようだ。
『――AAH――NO、あノ一瞬で、パイルボルト三連射KA。
見事な物だ』
怪物が声を発した。テッセが動揺を抑えながら怪物を注意深く観察する。
これは何だ!?
「ジオレイジすら生き残るフレーム……それをどこから入手しましたか……」
再びテッセが咳き込む。
口の端から血が滲んだが、怪物は気にも止めない。
『彼方より――
だがもう行ってしまった、私も受肉できたかもしれないのに……
償いは受けて貰うぞ!』
言うなり重く鈍い音が響く。一撃が動けないテッセの鳩尾に入った。
「ぐ……っ!」
呼吸を乱すまいとテッセが歯を食いしばる。
怪物は彼女を無造作に掴み上げた。傷だらけの身体が壁から無理やり引き剥がされ、血だらけの顔がさらに苦痛に歪む。
震えるテッセの胸を見た怪物から、舌打ちする気配が伝わる。
――テッセが眉根を寄せた。
この失礼な態度には覚えがあった。
「あなたは……ウオズミ・オーミ?」
『一度大勢と混じったから正確には違うのだろうが……
まあ、そう思っても構わん。
お前の着ているのはSDVジアペルタだな?
ならば何処かにジーリライト=ペレットがある筈だ、譲ってもらいたい。
せめて外見だけでも元に戻りたいのでね』
「お断りします。
それにジアペルタは専用装備を使わないと脱がせません」
『なら壊すまでだ』
怪物がテッセの首元を乱暴に掴み、力任せにジョイントをこじ開けようとする。
テッセも全力で抵抗するが、まるで歯が立たない。
既に機能を停止しているジアペルタも防御の役に立たたず、掴まれた部分から小さなクラックが広がり始める。隙間からは鮮血が漏れた。
テッセが声にならない悲鳴を上げた。
装甲と自分が軋む音を聞きながら、打開の手を求めて目が必死に動く。
――光があった。
「ペンデュラムスピナー!」
開いた通路から聞き覚えのある声が響き、切断光輪がフルスピードで怪物を横殴った。
骨とフレームが派手に切断され、砕け、空中に飛び散る。続けて響いた電子の咆吼と共に――物凄い格好のセンリ駆るスワンリッターが突進してくる。
バックシートに座るのはメイタだ。
「テッセ!」
怪物を押しのけるようにターンしたバイクで、メイタがテッセを救い出す。
ジアペルタを取り戻そうとするウオズミの手を、さっきとは逆方向から投擲された回転剣が弾いた。
切断箇所から火花を上げる。
高所に出現したユウキが回転剣をグリップした直後、再び空間がモザイクする。
『この……!!』
歯がみする怪物を、ユウキは文字通りの瞬間移動で翻弄する。
その隙にバイクが安全な位置まで距離を取った。
「テッセさん、大丈夫か?」
「センリ、ユウキも。
きっと無事だと信じてました!」
「テッセ、その前に承認お願い!」
タンデムから必死にテッセを抱えたメイタが、目でセンリの着ている装甲を示す。
テッセは、その声に葛藤の色が混じっていることに気付いた。
「どうしました、メ……あっ、白いののジオレイジですか!?
――ドミニオン・オフィサー、テッセ・アンティリーズ承認!
も、もしかして、まだ弾が残ってたんですか」
気づいてから承認まで秒未満なのが彼女らしい。
複雑な顔のまま、メイタも続ける。
「私も承認済みです。
羽島さん、フォクシー、クロスアイの方をお願いします!」
メイタがリンクコムに叫んだ。
『――クロスアイ承認!
そっちのジオレイジは以後、管理局のトリガーコントロール下に入るよ』
フォクシーの声が返ってくる。
ビーコンを拾ったUAVたちをカスケードさせて通信をブリッジさせているらしい。
シティノイズが強くても何とか通信が通る。
『全兵装全力使用許可、オール・ウェポンズ=フリー!
射手はサカエセンリ。
変則だが私の権限で許可する!
センリ、撃ったらすぐ逃げてくれ。結果を確認する必要はない!』
「りょーかい。
二人は先に逃げてくれ、出口はここを真っすぐ。
オレとユウキはこいつを奴の胸に叩き込んだら逃げる」
『さseるkAa!!
OOOH―――AARRGH』
「行かせない!」
バイクを守る位置にグリッチアウトしたユウキが、流れるような動作で回転剣の再投擲ポジションへ。
剣を構えるユウキは――凛々しく、美しかった。
「格好いいですユウキ! センリも!」
「お二人とも、お気を付けください。
テッセ、逃げるわよ!」
「はい、メイタ!」
二人を見送ったセンリが両頬に気合をいれた。
「うし、ユウキやるぞ!」
「うん!」
ユウキがスワンリッターのバックシートにタンデムする。
怪物もバイクと二人を敵と認識したらしい。
狂気の目で向き直ると、ダメージを受け続けていた輪郭がブレ始めた。スケルトンの内側からキャンサー混じりのNMがどっと増え、怪物を覆ってゆく。
「あれ、自滅か……?」
「伯父さん、そう甘くはないみたい。
凄いチクチクする」
『OOOH―――AARRGH』
怪物のボディが急速に変貌した。
最初にユウキやセンリによく似た特徴を持った女性のシルエットが生まれ――そこに別のシルエットが加わった。
人、獣、昆虫、機械。
個はどれもが美しく――故に全は醜い。
まさにキマイラだ。
キマイラは翼と皮膜と羽根とブースターで滑るように宙へ飛びあがる。幾つもある頭がスキャットを響かせた。
『EE――OOHHH――OOH』
「壊れた……いや、狂ったかな。この場合は」
「ユウキ、距離を取る!」
センリがスワンリッターを急発進させる。
怪物が空からバイクを追撃する。
追撃する怪物と逃撃するバイクとが激しい攻防を繰り返しながら、複雑な構造の回廊を疾走して行く。
同時に本格的なブローアウトが再発した。
巨大デバイスが乱立し、ハイウェイのような空中回廊が電子回路のように縦横する。
「障害レースゲームのサーキットみたいだね」
「回路って意味では! 正しいん、だ、ろう……なっ!」
「伯父さん運転に専念。
あと無理に変なトコ通らなくても……」
ユウキが牽制のため回転剣を投擲する。
怪物は本能だけで攻撃を躱すと、全身に大量に融合している頭部からフラッキング弾の雨を打ち出した。
「伯父さん、ちょっと消えるから運転よろしく」
言うが早いかユウキの質量が消失し、空中からバイクめがけてダイブしようとしていた怪物の頭上にモザイクで出現する。
『OO――EEOOHHH――』
背中側にあった頭部からも光弾が雨のように放たれる。
ユウキはムーンサルトから回転剣を放った。
復活したセンリがスワンリッターの速度を調整した瞬間、シドの怪物の頭一つを切り落としたユウキが再グリッチ。
とっさにセンリがバックシート側へ下がり、出現したユウキとポジションを交替した。
ユウキはマニュアルのまま一挙動でバイクを安定させる。ついでに戻ってきた回転剣を掴むと、こちらも一挙でホルダーに収めた。
バイクは左右にスラロームしながら障害物の隙間をとんでもない早さで爆走してゆく。
「あいつの攻撃は全然当たらないね。
なんで《自動照準》とか使わないんだろう?」
後ろから放たれたフラッキング弾が一瞬前までバイクがいた場所で炸裂した。バイクは不安定と安定を自在にスイッチして攻撃を躱し続ける。やはりライディングテクニックはユウキが圧倒的に上だ。
「グレネードみたいな武器なんだろ、出足も遅いし。
――んで、それはこっちも同じだ。
いま撃ってやろうと思ったが、トリガーコントロールから移動目標はエーミングできませんと言われた」
すっかり調子を戻したセンリが背中の大砲に悪態をつく。
悪態をつかれた大砲のクロスアイが、ガンを飛ばし返すかのようにセンサーライトを瞬かせた。
「結局、それ撃つんだ……」
「奴を倒せなければ、都市も、ここに住む者たちも全部終わる。
どんなに気にくわなかろうとも、ここは第二の故郷だ。
守ってやろうぜ?
――何とか奴の動きを止めて大砲を叩き込むぞ、ユウキ!」
「了解、なら派手に行こう!」




