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第1話《2》

 南太平洋に浮かぶ人工都市イースは五つの(アイル)よりなる。

 諸島はセントラル=アイルを中心に、イースト、ウェスト、サウス、ノースという趣きもヘッタクレもない四島が取り巻く構造をしている。

 サウスアイルは川や運河が毛細血管のようにのったくった地形をしており、南端にあたるサウスエンド地区には巨大な港湾地域が広がる。

 あくまでもマップ上では。

 確かに港湾施設がみっしりと軒を連ねるが、埋め尽くす建物は中世から宇宙港まで時代や地域、様式がバラバラだ。ご丁重にも機能は外見に合わされているため、個々はともかく街全体としては何の役にも立たない。

 ――地球に五ヶ所ある《都市》ではよくある話だった。

 数年前、()()()()()()()()()()()()()地球はすっかり変わってしまっていた。変化の象徴こそが、元素すら組み替えるNMの暴走により生まれた五つの《都市》だ。

 そんな不定な都市の、さらに四面を建物に切り取られたビジネス街の残骸で、悲痛な号令が上がる。


「ターゲット、前方のキマイラ! 撃てぇ!!」

 UN兵の一団が手にしたライフルを一斉に放つと、そそり立つ巨体へ火線が集中する。

 巨体の前面で小さな火花が幾つもあがった。爆ぜた肉から血とオイルが霧のように飛び散ちる。だが――

『GRUUU――UH』

 ダメージ箇所周辺は再構成を繰り返し、瞬く間に新たなボディで埋め尽くされる。

 巨体にダメージが通った気配はない。

 キマイラが横倒しの車を持ち上げると、UN兵たちが敷いたバリケードへ叩きつけた。衝撃でネジ曲がった装甲の後ろでUN兵たちが悲鳴を上げる。

「ちくしょう、何で攻撃が効かない!?」

「キマイラはNMの暴走体だからな。

 ダメージを与えても再構成で即座に塞がるんだよ。ブチ込んだ銃弾すらも材料にしながらな。

 対NM(ディスペル)装備でもない限り、チマチマ削るしか……」

 愚痴ったUN兵が歪んで波打ったバリケートのスキマ穴越しに向こう側を覗き見る。

『GREEEAK!』

 キマイラが巨大な口を、さらに大きく開けていた。

 NMが口周辺を作り替えてゆき――

「不味い……あの野郎、大砲まで作り始めてやがるぞ!」

 警告は間に合わなかった。

 キマイラの口に構成された破壊砲(フラッキングガン)が火を噴いた。光弾の直撃を受けたバリケートが吹き飛び、激しく燃えさかる炎と爆煙が後ろの通りまで吹き抜けてゆく。

 UN兵たちの目にキマイラの巨体が露わになった。

 複数の人間の肉体とおぼしき血肉の塊に、無秩序に様々な機械が融合している。

 異様で巨大だった。

 瓦礫と爆風で潰された野戦指揮所から這い出した指揮官がギリと奥歯を軋ませる。

「くそ、もっと戦力がいる!

 逃げたハンター連中でも構わん、誰でもいいから何とかしてくれ」

「はあい、戦力だよー」

「そうか! たすか……へ?」

 瓦礫の上にライダースーツ姿の少女がふわりと着地した。

 指揮官が思わず息を飲む。

 少女の髪と瞳は、闇と月光が結実したような美しいブルーグリーンに輝いていた。色彩の異常さはあるが、キマイラに比べれば普通の範疇だろう。

 場違いな注目を浴びた碧の少女がくすくすと笑った。

「なんだ、新人の指揮官さん?

 ぼーっとしてる暇があるなら、そっちのそれ貸してくれないかな」

「それ……って、ああ、武器が欲しいのか?」

「武器よりバッテリー!

 UNの制式装備品なら私が使ってるのと規格が同じなんで、ちょっと都合付けて欲しいんだけどな」

 少女が顔の前で小さく両手を合わせる。

 馴染みのないジェスチャーだったので指揮官の反応が遅れた。代わりに後ろで話を聞いていた通信兵が予備のバッテリーを差し出す。

「フルに充電してある新品が二つだ、これでいいかい?」

「有り難う!

 こっちは最後の一個がもうギリギリしかなくて。

 一緒に来たハンター連中の大半はターゲット見るなり回れ右したし、残ったのもブローアウトで壁の向こうだし、今回は散々な仕事だよ」

 バッテリーをホルダーにセットした碧が笑うと、キマイラへ駆け出した。

 耳まで真っ赤にして碧を見つめていた指揮官が我に返る。

「お、お嬢ちゃん、危ないから戻ってきなさい!」

 呼び止められた碧がくるっと振り返えると、イタズラっぽくウィンク。

 指揮官を筆頭にUN兵たちが再び動揺する。

「わたしはハンターだよ、あなた方が招集した民間のフリーランス!

 ちょっとだけ銃撃やめてくれる?

 あそこまで育ったキマイラには生半可な通常弾なんて効かないしさ」

「ちょっと……ああ、撃ち方やめ!」

 大慌てで指揮官が銃撃止めの合図を出した。

 少女の願いを聞いてくれたというより、巻き込まないための配慮だろう。

 そのままキマイラと対峙した少女がオッサンくさく肩を回す。

「――あー、疲れる。

 知らない連中が相手だと、妙に飾るクセついちまったな」

 碧い少女とキマイラとでは身長で倍以上、体重では二十倍以上も違うが、少女に萎縮するような気配はない。

 先にキマイラが動いた。

 巨大な腕で少女を薙ぎ払う――寸前、腕が大きく弾かれた。

 キマイラの二の腕が一直線に焼け焦げている。

 巨体の足下で不敵に笑う少女の手に、いつの間にか電光を内包する透明な大剣が出現していた。

「どうした、素手だと思ったか?」

『GRAAAAH!』

 二撃、三撃!

 追撃で放たれたキマイラの攻撃を少女が電光で捌く。何撃目かを捌いた瞬間、借りたバッテリーの一つで残量警告のランプが灯った。

「もう一本使い切っただぁ!?

 どんだけ食い散らかせばそんな質量を維持できるんだ、この人喰い!」

 少女が体勢を入れ替える。

 その肌に回路図みたいな幾何学のパターンが浮かんだ。|プログラムドNMサーキット《パークジェット》と呼ばれる、NMを駆使した特殊機能の発現だ。

 瞬間――キマイラの巨体が空中で回転した。

 大弓から放たれた矢のごとく硬い地面に叩きつけられ、人体模型みたいだった頭部がグシャりとひしゃげる。口のようなスリットから赤黒い液体と排煙を撒き散らした。

「まだまだ!」

 軽いかけ声とともに少女が腕を軽く振ると、キマイラが再び宙へ弾かれた。

 そのまま大きな瓦礫に叩きつけられ、埃と破片が派手に飛び散る。

『GRAAAAAA!』

 叩きつけられたキマイラの胸からは何本もの鉄骨が突き出ていた。文字通りの釘付けだ。

 成り行きを見守っていたUN兵たちから賞賛と畏怖の混じった溜息が漏れる。

「あの怪物をブン投げやがった……」

 真後ろからの呟きが聞こえたらしい翠が、珠の汗を拭いつつ振り返った。

 剣は既に消えており、バッテリーも二個目を三分の一ほど使い切っている。

「まだ隠れててね?

 こいつら死体と機械の融合体で、個体ごとに内部構造がバラバラだから手が読めない。

 もうすぐオレ……わたしの仲間が来るから、それまで……」

 その瞬間、巨体の体躯から赤光する液体が噴き出した。

 甲高いチャージ音と共に、電光のパルスが破壊砲に莫大なエネルギーを供給する。

「伏せて!」

 碧の少女がUN兵たちに鋭い警告を上げるが、一歩遅い。

 巨体から小さな光弾が発射された。

 少女の肌に再びパークジェットが踊り、右手が突き出される。

 迫り来る光弾は少女の手前で不自然に弾かれた。爆風が垂直に断ち切られ、霧散する。

 そこへ二撃目が放たれた。狙いは碧――ではなく、背後のビル!

「しまっ……フェイントか!?」

 巨大な爆発は碧とUN兵の一部をも巻き込み、その頭上へ大量の瓦礫を降り注がせた。

 瓦礫の大質量が小山を築く。


『CREAAAAAK』

 叫んだキマイラがゆっくりと包囲網を踏みこえてゆく。

 もう誰も止めるものはいない――と、生き残ったUN兵たちの誰もがそう思った瞬間、キマイラにヘッドライトの閃光が突き刺さった。

 その巨体へ向け、黒煙と炎と夜の闇を切り裂いて飛来した回転する剣が叩き込まれる。

 再構成も許さない一撃が首を切断する!

 崩れ落ちたキマイラの脇をすり抜け、電子の咆吼と共に小柄な少女が駆る大型バイクが飛び込んできた。

「伯父さーん、生きてるーっ!?」

 バイクの少女が戻ってきた回転剣をホルダーに戻しながら叫ぶ。

 だが答えが帰ってくるより早く、首から上を切断された筈のキマイラが身を起こした。バネ仕掛けのオモチャのような動きだ。

 ユウキがヘルメットを脱いだ。ピンクブロンドがため息をつく。

「もうちょっと寝てて欲しかったんだけどな……

 仕方がない、倒してから探す!」

 バイクから飛び降りたユウキが再びホルダーから回転剣を引き抜いた。刃に光りが灯る。

『GREEEK!』

 軋むような音をともに立ち上がった首なしキマイラのボディが不定に変形を始めた。

 ユウキの見上げる先で胸郭がギチギチと開き、中から()()()()と押し込まれた死体のパーツ群が覗く。そのうちの一体が頭部へ設置された。

 趣味の悪い棺桶の中で不定に変形した死体の頭部がぎょろりと目を動く。無理やり癒合した人工臓器のせいだろうか、死者が口を動かした。

『白イ血ノ、臭イガ、スル。

 ――カカカ、かか。

 その可愛い顔は死体からはぎ取ったモノか、それとも整形か?

 汚染者!』

 げたげた、かか、ははは――キマイラが男女の交じったような声で流ちょうに笑う。

 ピンクブロンドの表情がすーっと消えた。

「この身体は《転生体》だ、詳細は覚えてない。

 だけど、お前が何かは分かるぞ。

 死体の意志を無理やり搾りとって動く、単なる機械(ヒトクイ)だ!」

 放たれた回転剣が瓦礫を削り、キマイラの肩口を切り裂いた。

『GRAAAAH!』

 巨体から大振りの反撃が少女へ叩き込まれた。

 ユウキは戻ってきた回転剣をキャッチする勢いで後ろへ大きく跳躍する。

「ふん、武器もないのに……っと!?」

 キマイラの胎内で激しい電光のパルスが走る。機械が不定形に蠢き、首ごと切断された筈のフラッギングガンが一瞬で再生した。代償にキマイラ胎内で死体の一つが破裂し、周辺に血潮をブチ撒ける。

 人間の願いを叶える機械が、機械のために人間に願いを強制する――

 流し込まれたのは人工的に作り出された憎悪や闘争本能か。死体の意志から莫大な電力が搾り取られ、バレルに集中する。

「まずっ……」

 閃光と轟音が響いた。

 破壊を収束した巨大なフラッキング弾がピンクブロンドに突き刺さる。

 ――寸前、地面から生えた壁が光弾を受け止めた。

 壁は鉄筋やらコンクリートやらが入り混じっている。輪郭に走査光が縦横した。どうやらNMを大量に含んでいるらしい。言うなれば建物のキマイラか。

「ユウキ、行け!」

 少し離れた場所で瓦礫が不自然に動き、ブルーグリーンが飛び出した。

 碧の両手に従うように瓦礫の壁が右へ左へと自在に動く。足下にはUN兵たちが何人も倒れている。どうやら死んではいないようだ。

「了解、なら奥の手――《ペンデュラムスピナー》!」

 武器へのシグネチャ開放宣言とともに、第二群攻撃(セカンダリーアタック)が機能を開始する。空中で巨大な幾何学模様が描かれ、ディスク状に大展開したディスペル場が、回転剣を巨大な《切断光輪》と変えた。そこに物理ブーストも加わる。

『GREEEAK!!』

 キマイラも正面から浮けて立つ。胎内の死体を三つ潰して特大のフラッキング弾を放った。

 両弾が空中で激突する!

 光弾が切断光輪のエッジを湾曲させる――が、打ち負かすには足りない。

 逆に光弾を切断した光輪は、そのままの勢いでキマイラも真っ二つに切り裂いた!

 左右に分かれたボディから赤い液体と共に大量の死体が飛び散る。

 ――飛び散った液体を見たユウキが嫌そうな顔をした。

 巨体を切断し終えた光輪は不定に折り畳まれて元の回転剣フォームに戻り、ピンクブロンドの手に収まった。

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