第8話《2》
「ん……」
ブローアウト時によく聞く轟音と、吹き抜ける爆風でユウキが目覚めた。
テッセが放ったジオレイジの余波なのだが、ユウキには分からない。
風のせいかスワンリッターの前輪が空回るカラカラという音が小さく響いた。理性とともに目の焦点が合うと、真っ逆さまの風景が飛び込んでくる。
どうやらバイクの上で気絶していたらしい。アクティブセーフティも間に合わなかったらしく、屋上から落ちかかっている。
自分はどうなっているんだろうと、頭の片隅でぼんやり考えた。
たぶん誰かが自分とバイクを支えて――
「「目が覚めたかい?
いま引き上げる、もう少しの辛抱だ」」
声には安堵が混じっていた。
飛び出しかけたバイクとユウキを、がっしりとした腕と強靱な糸が後ろから力強く支えている。
チェルノボーグとブラキベルマだ。
大男はめずらしく素顔をさらしている。初めて見る顔は思っていた以上に若く、それなりに美形ではあった。
もっともユウキにはどうでもいいことだったが。
「ぐぐぐ……うおりゃっ!!」
チェルノボーグの腕が筋肉で膨れ上がり、バイクが一気に屋上に戻る。ぐったりして動かないユウキの小さな身体をぶっとい腕が丁重に抱き上げた。
ユウキはなすがままだ。
片手だけで抱き上げられるほど小さな身体からは、意志と生気が完全に枯渇していた。
まるで精巧な人形だ。
「これはこれで綺麗だが好みじゃねーな。
遙か昔を思い出す。
なあ、ナナセユウキ……お前が落ち込んでる理由は分かるぜ?
だが大丈夫だ、後ろを見ろよ。
お前さんはやるべき時に、やるべきコトを成し遂げてる」
黒服から再三の誘いを受けた美しいウィスタリアの瞳が僅かに動いた。
瞬間その瞳に生命が甦る。
視線の先では、ブラキベルマがベロボーグの残骸を無理やり開いていた。中には――胎児みたいに丸まってぐったりしたセンリが収まっている。
怪我はない。それがハッキリ分かるくらいに服は分解されていたが、生身の部分は美しいまま無事だ。
どうやら取り込まれた際に白服の内部へ避難していたらしい。
ジーリライトすら封印する装甲だからこそ、荒れ狂うNM渦にも耐えられたのだろう。
「はっ……はあ、けほっ……」
センリが咳き込みながら新鮮な空気を吸い込む。かなり消耗しているようだが、間違いなく生きていた。
「な? 大丈夫だって……」
振り返ったチェルノボーグの言葉が途切れた。顔がぽかーんと惚ける。
センリの無事を知って意志と生命力を一気に取り戻したユウキの印象が、劇的に変わっていた。まるで死の荒野に大輪の花が咲き誇ったようだ。
チェルノボーグの視線がユウキに釘付けになる。自分ではどうにもならない衝動に突き動かされ、美しい唇に自分の唇を――
「伯父さん!」
ユウキがその腕をするりと抜けた。ギリギリで躱されたチェルノボーグは、唇を虚空に突き出したまま空中で両手をわきわきする。
しばらく固まったのち、ゆっくりと何度も頷いた。
何故か満面の笑みを浮かべている。
「くく……いいねぇ。
格好は悪いが、いかにも男って感じがするな!
これはこれで悪くない感覚だぜ」
間抜けなポーズをしている自分に納得して笑うチェルノボーグの耳に、聞き心地のいい美声が響いてきた。歓喜の嗚咽だ。
振り返ると、顔をグシャグシャにしたユウキがセンリを介抱していた。
センリは汗に濡れる素肌をユウキに預けながら、荒い呼吸を繰り返している。弱ってはいるようだが、酸欠などでダメージを受けたような気配はない。
「伯父さん大丈夫……?
すぐ病院に運ぶからね」
「はっ、はぁっ……あーー、苦しかった……
ユウキ、お前は大丈夫か?
無茶しなかったろうな」
「みんなが助けてくれたよ。
この人も……
さっきは有り難うございます」
ユウキがぺこっとお辞儀すると、チェルノボーグも笑った。
まるで子供のように邪気のない笑顔だった。
「無事で何よりだったな。
今更かも知れないが、オレの名は……チェルノボーグ。こっちはブラキベルマだ。
どっちもオレだがね?
改めて、そちらの名前を教えてくれないか」
ユウキの前でチェルノボーグが、変なポーズで返事を待つ。
男性が女性にするような……
「七瀬結城です」
本当に今更のような気もしたが、素直に名乗る。相手は自分たちを殺そうとした犯罪者だが、同時に恩人でもある。
汗だくで素っ裸のセンリもノロノロと手を振った。甥っ子を助けてくれた相手だからだろう。ただ身体を起こす時に脚を開こうとしたので、ユウキが無言で閉じる。
「こっちは栄衛千里だ。
ユウキが世話になったようだ、有り難う。
あと白いのはすまん、中が空っぽだったから使わせて貰った」
「気にするな、オレたちは死ねばそうなる仕掛けがしてあるんだ。
――さて、オレはそろそろ退場させてもらうよ。
埋め込まれたNMが分解するまでは留まるから、用があればシティノイズの強いところ探してくれ。
くく……じゃあ、またな!」
チェルノボーグとブラキベルマが糸で隣の建造物へ飛び移った。
すぐに超構造体の谷間に消える。意外と早い。
「また?
自首でもしたいのかな」
「ユウキ、そういうとこだぞ」
――その瞬間、再び始まったブローアウトの余波が周囲を吹き抜けてゆく。真っ新になっていた《都市》が何かをを形作ろうとしていた。
こちらの地球ではとても作れないような超越素材が都市の天地を覆い、構造物が物理をあざ笑うかのような早さで組み上げられてゆく。構造物の表面では電子回路みたいなパークジェットが瞬いていた。都市は《都市》ではない何かに変貌しようとしているのかも知れない。
『OOH――EEOOH――』
遠くから叫びが上がる。
間違いなく《都市》が出すようなものではない。
「な、なに?」
「《シドの遺産》のせいだろうな。
ユウキ、これを見てくれ」
その辺にバラ巻かれた雑多なオブジェクトを利用して白服の装甲の一部を服みたいに装着し終えたセンリが立ち上がった。装甲は元々そういう物らしく、パーツが自律してセンリの身体に収まる。外せなかった大砲は後ろ側へ収まった。
ブーツにマイクロビキニ、そして装甲と大砲――その格好を一言でいうなら、大変フェティッシュ。
センリの幼い身体にはアトラクティブな華があった。未来に訪れるであろう美の可能性を内包しつつも、大人とは違うジャンルで頂点を狙える美しさを体現している。
対抗できるのは――ユウキくらいか。本人に対抗する気はまったく無かったが。
「似合うかどうかの二択なら、似合うとしか……
その大砲、使えるの?」
「誰がオレの尻を見ろといった。
大砲は――トリガーが反応しないから無理だな。
それより、これから再生する動画を見てくれ、お前にも見る権利がある。
恐らくだが、これが《ナナセファイル》だ。
オレたちの……過去」
「えっ!?」
センリがスワンリッターに触れると、自動転送アプリが立ち上がってスワンリッターのダッシュボードディスプレイに動画が現れた。
「再生するぞ」
センリが戦闘ログ収集にも使うドラレコ用のアプリで動画を再生する。
慌ててユウキもダッシュボードのコンソールを覗き込むと、研究室の廃墟みたいな場所が写り出した。
フラフラと動くフレームが安定すると画面中央に衰弱しきった少年が収まる。
服の所々に血の染みが飛んでおり、顔は真っ青。爛々と輝く双眸には負の生気とも言えるオーラが宿っている。
まるで冥府の底を除いたような――
ユウキの背筋に冷たい汗が薙がれた。
画像の中で血の気がない唇がゆっくりと開くと、雑音だらけの音声が再生された。
『七瀬結城が記録する。
伯父、栄衛千里は……三時間前に死亡した。
彼の遺言となった計画に則り、ネイトの協力を得て脳を摘出。賦活化処理を終えてコネクトーム解析を開始している。
現在のところは順調……』
青年の胸から首にかけて赤く脈動するパークジェットが走り、右目が赤黒く明滅する。
今のユウキのモノとはちがい、明らかにNMが身体を蝕んでいる。
それはまるでシドの――
「……!?」
もっとよく映像を見ようとしたユウキの目前で動画がビビッドのブロックにまたたき、消失した。後には再生エラーの文字が躍る。どうやらデータが壊れているらしい。
再生がキャンセルされてもユウキは動けなかった。
「今のは転生前の僕……
伯父さん、これをどこで!?」




