第8話《1》
スワンリッターのコンソールでカウントダウンタイマーが起動した。
数値とともにグリッチの仮想進路図と、メイタの構えるランチャーのターゲットモニター動画が被る。
静かにカウントが進み――やがてゼロになった。
タイミングを合わせたメイタが巨大なランチャーを放つ。爆発と同時に対NM場が組み上がり、ドームのキネシック場を歪ませ始める。
「グリッチ!」
ユウキがスワンリッターをありったけで発進させた。同時にグリッチ!
空間がモザイクし、歪んだキネシック場に閃光が突き刺さる。
ユウキの視界が高速で後ろへ流れ、溶けるように一瞬で切り替わった。次の瞬間ドームの表面が目前に――
『――!』
「う……うわああああっ!?」
巨大な顔があった。
ユウキが解析したドームは、巨大な人の胎児に見えた。
歪に大きな頭部を中心に小さな身体を丸めたニンゲンが――ユウキを見た。
『――、―――、―、―――!』
ヒトガタがユウキにメッセージを放つが、意志の規模があまりに巨大すぎた。
全身が破裂しそうになるほどの《力》を受け、ユウキの顔が苦痛に歪んだ。体内ではNMが強制起動させられ、デタラメに跳ね回る。
もやはこれは衝撃だ。ユウキにはメッセージの内容を理解できない。
「う……くっ」
管理局が打ち込んだ対NM場によって焦点を歪まされてもなお、強烈なキネシック場の圧がかかった。
ヒトガタが小さな腕をこちらに伸ばし、巨大な顔が笑った――ような、気がした。
『―、―――、――、―――!』
「そっちに来いって……?
いま急いでるんだ、遠慮するよ!」
まるで原初の惑星みたいな泥海の感触に耐えながらも、ユウキはセンスを研ぎ澄ましてヒトガタを走査する。
思ったよりキャンサーが多く、偏りも多い。
「何処だ……あった!」
ドーム内に感知できない点が一つあった。
瞬時にルートを構築すると、ユウキがグリッチを発動させる。
『OOH――EEOOH――』
異物の侵入により、ドームを構成する全ての顔が絶叫を上げた。星雲のような爆発を幾つも上げながら閃光が怪物を稲妻の早さで貫く。
ドームの中でグリッチ特有の閃光がモザイクし、再びモザイクした。
――グリッチアウト!
ボロボロになったバイクが、ドームからずっと離れた場所にあるビルの屋上に出現した。
バイクの周囲にはグリッチに巻き込んだシティマテリアルによって形成された大量のオブジェクトが散らばる。
ユウキは血だらけの片手で何かを引きずっていた。手応えがあった。
「伯父さん……!」
ユウキが振り返った。先にあるのは白くて丸い、硬い何か――
ピンクブロンドに隠れた小さな背筋から一斉に生気が抜け、顔が真っ青になる。
違う!
ユウキが胸中で絶叫を上げた。
自分が怪物の腹の中からすくい上げた物は白い装甲だった。あの時の残骸!
「戻らなきゃ……」
もう一度ドームへ向かおうとシートの上で振り返った瞬間、スワンリッターのリンクコムからテッセの宣言が響いた。
『いきます!』
ステアリングを握っていたユウキの腕から力が抜けた。
ユウキが崩れ落ち、コントロールを失ったスワンリッターがバランスを崩す。
そのまま屋上から――
ユウキ突入時の情報すべてがテッセのトリガーコントロールに渡った。
やはりドームのサイズが大きすぎるが、内部にある酷い偏りが破壊に利用できる。ジアペルタが出力、および目標箇所の最適化を行い、準備は完了した。
ユウキは――少なくともグリッチの光跡は感知している、おそらく無事!
テッセが小さく頷くと、最初の一擲を叫んだ。
『シューティング・コンフィグレーション!』
ジアペルタの周囲に生まれた赤い閃光が空間を切り裂き、最後のパーツであるバレルユニットが収まる。
変形は完了した。
フル展開した分極時装甲が凶悪な赤雷をまとう。
莫大なエネルギーを内包したキネティック場がテッセを中心にして急激に高まってゆく。
やがて限界に達した。
『ジオレイジ、オープンファイア!』
堰が切れた。
回転する空間の中心から放たれた閃光がシドの怪物を貫き、炸裂する。世界から色が消えた。光と対なす筈の影も消滅し、空間がただの白単色に塗りつぶされる。
それは次元転移の応用。
高次より引き出された莫大な超越エネルギーが、純粋な《破壊》に揃えられる。
ジオレイジの通り道からリング状の衝撃波が幾つも生まれ、天と地を巻き込みながらターゲットを何重にも消滅させていった。
『GA――RHO――!』
巨大な絶叫が響くが、それすらも衝撃波に飲み込まれる。
何もかもが消滅する一瞬前、何かが反転した。
やがて光は徐々に絞り込まれ、捻られていた空間が元に戻るようにかき消えた。
都市に色と形と音が戻る――
「よっと!」
ジオレイジの爆心地に出現したクレーター状の消滅痕に、テッセがひょいと着地する。
《都市》の一角がまっさらになっていた。
ディスチャージしたジアペルタは元の形状、元の青に戻っているが、特に消耗したような様子はない。
影の平面は消滅し、クレーターの底は死骸の山で埋め尽くされていた。
テッセが近づくと炭化した数体がボロっと崩れる。
「ジアペルタのジオレイジを受けても死体が原形を留めていますね。
やはりこのドームには何か秘密があったのでしょうか。
一体、どういう……はっ!」
視界の端で山が崩れ、テッセが神速の反応でリボンガンを構えた。
質量をほぼ失った物質が空虚に砕け、大量の埃が舞う。その中から、ひろっとした男性が操られたかのように立ち上がった。
その顔に見覚えがあった。
「ウオズミ・オーミ、止まりなさい!
あなたには次元管理局よりジーリライト管理法違反の他、各種手配が出ています。
あと殺人、傷害、死体遺棄、それに児童売春容疑、その他多数!
ただちに投降し……うん?」
ウオズミの身体が人形のように揺れた。ぐるんと上向いた瞳には錆びた血の色しかない。
明らかに死体だ。だが……何かがおかしい。
「テッセ!」
クレーターの縁からざざと音を立てメイタが降りてくる。
ユウキたちの姿はない。
「テッセ、ここはまだ危険よ!
NM濃度が思ったほど下がってない、まだ何かが――」
その言葉が終わらないうちに、ウオズミの死体がどさりと倒れ伏した。
背には黒く波打つ球形の《何か》が張り付いている。
「あれは……もしかして《シドの遺産》ですか!」
瞬速でリボンガンが火を噴く。だが地面からシティマテリアルが高々と湧き上がり、テレスコープ弾を全て受け止めた。
脈動する遺産が再び《都市》からシティマテリアルを取り込んで行く。
「メイタ、掴まって!」
即座に攻撃を諦めたテッセがメイタを抱え、ジャンプジェットで跳躍する。
「テッセ、あれは……」
「《シドの遺産》がシティマテリアルを吸収し始めています。
多分イース本体から――深海の底から直接に!」
何度目かの着地を決めたテッセとメイタの元に、フォクシーのUAVが数機近よってきた。
「報告します、《シドの遺産》はジアペルタのジオレイジでも完全対処できず!」
『テッセ、こっちでもモニターしたよ。
超構造体自体は粉砕できたけど、元凶の破壊には至らなかった!』
『武器抑制命令、ウェポンズ・タイト!
テッセ、流石にジオレイジの二発目はないぞ。
撤収しろ、脱出だ!』
「進言します、羽島さん。
メイタを安全な場所に避難させたら、再度エンゲージして遺産へ直接攻撃を試みます。
むき出しの今ならチャンスがある!
それよりフォクシー、ユウキたちは?」
『――ごめん、ロスト。
ただ、グリッチアウトしたときの生体反応は一つだけだった。
詳細な状況は不明だけど……』
通信機がガリガリと削られたような音を立て始め、本部との通信が途絶する。
シティノイズだ。
UAVや抑制パイルも大半が余波で吹き飛んでいる。船や支局で新しいのを3Dプリントしているだろうが、まだ少し時間がかかるだろう。
メイタもテッセも通信をすぐに諦めた。
「テッセ、さっきの話しだけど……」
「メイタ、大丈夫!
先ほども言いましたが、勝算がゼロなら賭けたりはしません」
都市の境界が激しく脈動を繰り返し、《シドの遺産》がシティマテリアルを取り込む。
炭化した死体の山から、ヒトの骨格にも似た巨大なフレームが形成され始めていた。




