第7話《4》
テッセの制止も空しく、ユウキ周辺の空間がモザイクする。
「ユウキ!」
「きゃんっ!」
少し先で小さな悲鳴が響いた。
超空間ショートカットが強制的に閉じられ、バイクとドライバーがグリッチアウトさせられていた。
「ぐっ……!」
弾かれたバイクが横倒しになり、ユウキが投げ出され――かけた次の瞬間、アクティブセーフティが起動する。スワンリッターは二輪を器用に使ってドライバーを守るように車体を自立させた。
「ユウキ、大丈夫ですか」
テッセがジャンプジェットまで駆使してユウキの元に駆けより、タンデムからバイクを運転してドームから距離を取る。
ユウキは衝撃で咳き込んでいるが、命に別状はないらしい。
「だ……だいじょぶ……
ドーム表面に変な力場が張ってて、それで……」
「ユウキさん!」
メイタも追いついてきた。
ユウキの介抱をメイタに任せ、テッセはスワンリッターのチェックに入る。
「――こちらは大丈夫です。
もう一度乗りますか、ユウキ」
「テッセ……」
起き上がったユウキがテッセを呼ぶ。
意図を察したテッセがジアペルタのインジケーターを差し出した。カウントダウンは進んでいる。このまま時間が尽きれば、テッセはジオレイジを撃たなければならない。
そうなれば――
ユウキの白い肌が蒼に蝕まれていく。胸の底から真っ黒い感覚が滲み出してきていた。
その感覚には覚えがあった。
自分を知るすべてが消え去り、鏡にすら見捨てられた時にも生まれたその名は――絶望だったか。
「だれが……諦めるかっ!」
ユウキが両手で自分の頬を叩き、呼吸を整えた。
すっと身を起こすと、暗黒のドームの真ん中へ指を真っ直ぐ突きつける。
「道が欲しい。ここに、真っ直ぐの!」
「ユウキさん!?」
「ユウキ、近づいてどうしますか」
「アイツの内部を走査して、解析する!
それを元にして伯父さんを探す。
あのドームがNMの塊ならボクのNMセンスが効くはず」
「確かに、ユウキは固有能力としての《都市》解析能力を持っています。
なるほど、なら……ですが……」
テッセが少し考え込んだ。
恐らく道を作る方法について考え始めたのだろう。それに気づいたメイタが彼女の思考に割って入った。
「テッセ、何を考えているの!?
早く逃げるのよ!」
「駄目です、メイタ。
ジオレイジの発射シークェンスが進んでいる以上、判断が決定されるまで私には残る義務がある」
「う……」
「ですが、まだ撃つ条件が整っていません。
状況も大幅に変わりました。あのNM量ではジアペルタに搭載されたジオレイジで何処まで対処可能か、予想できてません。
内部構造の情報はあればあるほど好ましいです、メイタ」
「だったらやっぱりボクが……」
身を起こそうとしたユウキの身体がメイタに抱きしめられた。彼女は必死の形相でユウキを離すまいとする。
「ユウキさんの命をチップ代わりにした賭けには反対です。
もちろん貴方の命もです、テッセ!」
「はい、私も同じ意見です。
――ユウキ?
必要は理解します。心情もです。私もセンリを助けたい。
だからこそ、今はプランが必要です」
ユウキがメイタに抱かれながらドームを見上げた。
ドームは光を吸収する。まるで宇宙を内包するような果てのない奈落のようだ。
ユウキはすっかり落ち着いていた。
ハグには心を落ち着かせる効果があるというが、本当にそうらしい。
「プランは……まだ、ない」
「こういうときは仲間を頼りましょう、ユウキ。
考え、決めるのは羽島さんの、そのための材料を集めるのはフォクシーの役目です。
いまは二人へ協力を――ん?」
大型のUAVが急に軌道を変えるとドームに突っ込み始めた。
不可視の壁にぶつかる機体、光弾に撃墜される機体が相次ぐが、何機かはドームに到達して、そこから再び離脱する。
「あれは何を……?」
『――ねえ、そっちにユウキいる?
いたらこっち呼んで』
後ろからフォクシーの声が聞こえた。
さっきメイタと喋っていたUAVが、まだ支局本部とリンクしてるらしい。
「ここにいるよ!」
『あなたのゲノム情報を使っていい?
目的はドームの解析。
さっき書類の一部が後回しになったから、本人同意できてなくて』
「いいよ!」
『ありがとう、少し待ってて』
スピーカーの向こうで何かを行ってる気配がある。
『――うし、いい結果!
結論を伝える。
いまUAVを突っ込ませてドームからNMを直接採取させた。
ドームに使われてるNMは、ユウキとセンリの固有器官を構成するNMと極めて近い。
なら、何とかできるかも知れない』
「どうやってですか、フォクシー?」
『あいつ専用の対NM弾を即効で作る!
突貫だから短時間しか効かないと思うけど、グリッチにはそれで充分でしょ?』
「――ありがとう、フォクシー!」
『どういたしまして!』
リンクコム越しのフォクシーが声でユウキの肩に手を置いた。
その感触にユウキも声で応える。
メイタが目を瞑りながら天を仰いで深呼吸し、ユウキの覚悟を飲み込んだ。
テッセはにこにこしたままだ。
「ふう……ああ、もう!
ユウキ、あなたはテッセによく似ています。
いいですか、あなたが作れるチャンスは一回。それもほんの一瞬だけです。
分かったら返事!」
「うん、分かった!
チャンスを認めてくれて有り難う、メイタさん」
そっと近づいたテッセが、声を潜めてユウキに耳打ちする。
悪戯っぽいウィンク。
「メイタのこの顔はよく見ます、後で一緒に謝りに行きましょう。
こうなった後のメイタはよく食べますよ?」
「ユウキさん、これを」
メイタが自分のバギーから予備バッテリーを引っ張り出してバイクのと交換した。
テッセはバギーに積んでいたランチャーを手早く組み立ててゆく。
「みんな有り難う!」
『こちらの全処理も完了した。
オール・ウェポンズ=フリー、全兵装全力使用許可!
判断が出たぞ、テッセ。
ジアペルタに搭載したジオレイジでも活動を大幅に減衰させることは可能だとの予測だ。
――ユウキ、君はテッセの露払いを頼む。
君が得る情報はフォクシーを経由してテッセのトリガーに渡される。
テッセの支援を頼んだぞ』
フォクシーの後ろから羽島の宣言が響く。
「了解しました!」
「分かりました」
静かに頷いたテッセが一歩踏み出す。ユウキがそれに続いた。
一瞬前までバイクがあった空間がモザイクに変わると、人馬がビルの屋上に出現する。
テッセもジャンプジェットで飛び出し、別のビルの屋上に着地した。
その姿を見ていたユウキが、空の気配が変わったことに気付いた。黒から紫へ。そして赤く。やがて目覚めた空が最初の一閃を放つ。
二つの存在が地平線に並ぶように対峙した。
テッセと、シドの怪物と――
まるで怪物に挑む英雄、あるいはラストバトル寸前のスーパーヒーロー。
「格好いいな……」
呟いたユウキの口元が徐々に笑いのカタチへと変わる。不敵な笑いに。
視界の端でユウキを収めていたテッセもまた不敵に笑った。その笑いが、とてもよく似合う。
「ジアペルタ、ジオレイジモードへ移行!」
インベントリから全てを引き出し、ジアペルタがシルエットを変貌させてゆく。
人から――兵器へ!
全貌を現したシドの怪物がゆっくりと迫るが、テッセは一歩も引かない。干渉した両者のキネシック場が徐々に拮抗を始める。
フォクシーの声が響いた。
『ユウキ、こっちも準備いいよ。バイクにもカウントを送るね。
メイタ、ユウキから得た情報をあなたのランチャーに送る。
対NM場の打ち込みよろしく』
「了解、フォクシー」
「ユウキ、ジオレイジのトリガーはグリッチアウトに合わせます。
通常空間に出たらすぐ逃げて下さい」
「分かった!」




