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第7話《3》

「確かにジオレイジが特異点を生成する際、正時間方向にはガンマレイなどを、負時間方向にはジーリライトを出します、ユウキ。

 ですが屋内にでも避難していれば概ね問題はありません。ユウキのスーツでも充分防げます。

 熱は意外に出しませんし、負側へ流れる粒子は重力しか影響しません」

 横――というか下で強制的に会話を聞かされていたセンリが難しい顔をして首をひねる。

「えーと……負の時間ってことは、時間に正負の極があるってことか?

 それで特異点を作って相転移?

 そんな物騒なモノを個人に装備させて、あまつさえ個人の権限で撃つ?

 問題あるんじゃないか、それ」

 実際そうだから良いも悪いもないのだろうが、センリがテッセに質問する。

 ついでにベロボーグの残骸をチラと見た。

 本当はメイタに聞きたかったのだが、彼女はセンリの頭の後ろで沸騰寸前になっている。いま話しかけたらリアルで噛み付かれかねない。

「テッセ……」

 メイタの声にテッセの顔が引きつった。

 鋼鉄メンタルの彼女にも苦手とするものはある。例えば怒った時のメイタとか。

「いっ、いえ、簡単ではありません!

 法で規定された大変面倒な手続きを踏みますし、無事に許可を得られても戦術クロスアイのトリガーコントロールなしには撃てませんし……!」

「テッセぇ……!」

 センリの後ろ頭に地獄が出現したようだ。

 響きから、恐らく最低でも三時間くらいは説教したい気持ちを全力で込めたのだろうと想像できた。迫力に押されたテッセと、首の骨をへし折りそうな圧力を受けたセンリの背筋にも冷や汗が一滴流れる。

「メイタさん運転代わるかい?

 代わるならシート前に出すから、頭からコレどけて……」

「――ちょっと待って!」

 何かの予兆を感じ取ったユウキが、バイク上で背筋をピンと撥ねさせる。

 叫びに一瞬遅れて、バギーとジアペルタのセンサーが警告を上げた。さらに《都市》その物からの地鳴りと地響きが続く。ブローアウトの前兆らしい。

「このタイミングで都市の再構築……いや、違う!」

 ざざざと津波が流れるような音が響く。周囲の窓という窓を突き破り、黒い濁流がどっと押し寄せた。それらがユウキたちへ襲いかかる。

「うわっ!」

「黒いのが増えた!?」

 十倍や二十倍どころの騒ぎではない。

 《シドの遺産》の力が、直接シティマテリアルを再構築しているのだろうか。壁を突き破った黒い濁流が一行の周囲を完全に包囲し、包み込もうと四方八方から押し寄せる。襲いかかる無数の黒矢――はバギーとバイクの寸前で見えない壁にぶつかって止まる。ドーム状の空間が開けた。

「ぐっ……この!」

 センリの全身にパークジェットが浮かび上がる。キネティック場による防御場らしいが、長く保たないことは明白だった。

 それほどまでに圧倒的な量が襲いかかってきている。

「伯父さん!」

「ユウキ、グリッチ!」

 ――で、全員連れて先に逃げろオレは後から何とかする言い争ってる暇はない絶対大丈夫だ!

 そんな意志を込めた視線がユウキとぶつかり合う。

 ユウキが頷くと身を翻した。

「何人か掴まって!」

 テッセが最初に動いた。

 メイタをバギーから引っ張り上げ、ユウキの後ろを譲る。代わりに自分はセンリ横のポジションに移動した。

「私はジアペルタのジャンプジェットを使います」

「――気をつけて、テッセ!」

 バイクにはユウキ、メイタが座る。座る際、スマート素材のスカートがタイツ状に変化した。

 チェルノボーグとブラキベルマもバイクから離れる。

「「バードイーター装備なら糸一回で最大八メートル跳躍できる。

 糸はタンクにたっぷり残ってるし、初速稼げば自力で逃げられると思う。

 無事だったらまた合流するよ」」

 少女がくの字に曲げたリガーを限界まで延長した。

 スケート駆動を駆使して足を一気に引き寄せれば、二人分の質量でも充分空中へ飛び出せるだろう。

「メイタさん、なるべく低いところに掴まって下さい。

 グリッチは前後で慣性を保持しますから、バイクを停止したまま行います」

「し、仕組みは分かりますが……

 ユウキさんの身体のどこを掴めばいのでしょう」

 掴むところが無さそうな華奢な腰を前にして、メイタが困惑する。

 テッセが通った道だ。

 汗だくのセンリが理性の狭間で悩むメイタに軽口を投げた。

「ご免、早めに頼む。

 ユウキはスケベ心がなけりゃどこ触っても嫌がらんよ」

 周囲を巡る黒はギチギチとセンリを締め上げている。

 頷いたメイタがそっとユウキのお腹の上に手を回したが、ユウキの手で下にズラされた。

 高いところを掴まれると持ち上げられる危険があるからだが、唐突にヘソ下と両太ももが作り出す三角の空間に手を突っ込まされたメイタが赤く染まる。

 メイタの胸が後頭部で潰れるユウキも真っ赤になっていたが。

「お願いします、ユウキさん」

 メイタの言葉にユウキが迅速に反応する。

 バイクがモザイク痕を残してかき消え、少し離れた場所に出現した。

 次の瞬間、センリがキネシック場をリリースする。

 押し寄せる黒い濁流の中から蜘蛛が飛び出た。リガーと糸とを駆使してビル壁面を高速で移動していく。

 次にテッセが飛び出した。続いてセンリが脱出する。

 ――したかに見えた。

 その足を、糸のような細い触手が高速で捉える。センリの飛翔速度がガクンと落ちた。

 獲物を補足した糸にNMが流れ込み、数と太さを増していく。

「しまっ……!?」

「パイルトラスター!」

 即座に放たれたパイルボルトが、センリを空中で捕らえた触手を薙ぎ払う。

 だが触手すべてを切断するには至らなかった。

 ジャンプジェットでホバリングするテッセの周辺にも黒い壁がせり上がってゆく。天井が生まれつつあった。

 NMの濁流が、巨大なドームを築こうとしている。

「テッセさんは先に逃げろ!

 ユウキ、彼女の着地フォローを頼んだぞ」

「センリ!?」

 センリがスカートをはためかせながら電光剣を引き抜いた。キネシック場でテッセを弾き飛ばしつつ、半月の雷が一鳴、二鳴と瞬く。

 ――だが襲いかかる触手すべて捌ききるには一手足りない。

 一本が二本に増え、足の次に手、そして胴体と、全身が触手に巻き付かれる。

「センリ!」

 テッセの叫びも空しく、センリは奈落へと引き戻された。

 既に黒は濁流となって大渦を巻いている。周辺の《都市》を呑み込みつつ際限なく広がり初めていた。

 やがて穴が塞がり、黒のドームが完成した。

『ああ――久しい感覚だ』

 どこからか、誰かの声が響いた――


 異変は都市全域でも起こっていた。

 予期せぬ大規模ブローアウトが多発し、リアルタイムで都市が次々と姿を変えてゆく。

 観光客を中心にパニックが広がりつつあった。

 微動を続けるセントラルアイルの管理局支部でも、羽島とフォクシーがタクティカルコンソールのモニターに齧り付いていた。

 超俯瞰映像が写るモニターにはNMの分布状態が重ねられている。

 出現したドームを中心に四区全域のNM圧が最高度の赤に染まっていた。

「これは……以前イースで起きたグレイ・グー事件の再現か?」

「対NM場の展開は順調です」

 フォクシーの操作に合わせ、四区を中心に大量に展開されたクロムドーム製の航空ロボット(UAV)が、NM抑制パイルを打ち出してゆく。

「兄さん、ドームの解析ができない。

 光学、電波……リモートセンシング全部ダメ!

 それにセンリがドームに……」

「船から対NM災害用のレスキューUAVを追加で降ろしてくれ。

 直接ぶつけて構わない、リモートがダメなら直接だ!

 UN、および各NGO、ハンター組織への災害支援は継続」

 羽島とフォクシーの操作に合わせてスクリーンに各地の映像がマルチされる。

 各所では、UN兵やハンターたちを筆頭に大勢が協力しあいながら避難を行っていた。もちろん映像をモニターしているロボットたちも大いに活躍してくれている。

「テッセたちとの連絡は?」

「UAV経由でメイタと繋がっています」

『――こちらメイタです!

 羽島さん、センリがドームに飲み込まれたまま行方不明です。

 NM塊はドームを形成、未だ成長を続けています』

「メイタ、ドームの情報が一切取れない。

 センリ救出とテッセのジオレイジのためにも、もっと情報が欲しい」

『――ちょっと待って下さい、ユウキ!』

 メイタの通信が少し離れた位置にあったテッセの声を拾った。

 同時に電子の咆吼も。

 ちょこんとお座りするUAVの前からメイタが慌てて振り返ると、ユウキがバイクを発進させようとしていた。

 テッセが必死に止めている。

「伯父さんを助けなきゃ!」

「待ってくださいユウキ、いまは危険です。

 フォクシーたちの調査が終わってから……」

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