第7話《2》
「ユウキ!?
その、お、落ち着いて下さい……」
テッセがそっとユウキの肩に触れる。拒否――は、されなかった。さっきの熱をユウキの肩が覚えていたのかも知れない。
だがユウキの呪詛は止まらない。決してフラつかなかったスワンリッターが、少しずつ平衡を失ってゆく。
「ノースアイルの収容所でもそうだった。
普段は汚染者呼ばわりしておきながら……
女も軽蔑の目で見てきて!
伯父さんが全部守ってくれたけど、女でいいことなんて一度も無かったよ!」
「ナナセユウキ?」
ブラキベルマに担がれていた黒服がぬっと顔を突き出す。ヒステリー寸前だったユウキが驚いて気を引っ込めた。
「女の地位と役割については同情するぜ。
――ま、それについちゃ女側も言えた義理はねーか」
「いきなり出てきて何だ!」
「さっきからずっといたし、会話もしていたぜ?」
「会話?」
「「そうだよ」」
黒と黒がユニゾンする。男と女なのにまったく同じ動き、同じ表情。
「オレはこいつの転生体なんだよ。
元の身体は中身空っぽのリモート端末、オリジナルはここ」
チェルノボーグが指で軽く自分の頭を叩く。
ユウキの顔に徐々に理解が広がっていった。頭のどこかで転生が特別のものだと思い込んでいたが、医療行為なのだから自分以外にも当然いるだろう。性別や外見を変えるのも不思議な話ではない。自分がそうなのだから!
「お互い転生者同士だ、仲良くしようや。
きっと悩みを分かち合える」
「あ……」
「ご親睦を深めるのでしたら刑務所の面会所でお願いします。
キマイラ分、罪状追加です」
テッセがユウキを現実に引き戻す。もっとも意識してやったかは分からないが。
黒と黒が渋い顔をした。
「「空気読まないね、お姉ちゃん?」」
「静かの海での記念式典中にクシャミして以来、ずっとそう言われてます」
「静かの海?」
黒衣と黒服が首をかしげ、ユウキに問いかける。
ユウキがぐずりながら反応した。
「人類が初めて月に降り立った場所だったかな……
そこでの記念式典って……なんか重要そうな」
思考が戻ってきたせいだろうか、ユウキが徐々に平常に戻ってゆく。
バイクも安定を取り戻していた。
――なので、テッセは敢えて答えた。ただし真っ赤になりながら。
「そうです、月と人類全体の記念式典です。
つ……月はクシャミ出やすいんですよ!
レゴリスとか老廃物とか、色々埃っぽいんですから。
確かにタイミングは悪かったですけど……メイタがフォローしてくれましたし!」
光景が浮かんだユウキの表情が少し柔らかくなった。彼女にも一応そういう思い出があるんだな……なんて考えてると、ユウキの気持ちが少しだけ楽になった。
「二人とも、ちょっとごめん」
ユウキが二人に断わり、バイクをバギーに近づかせた。
メイタが気を利かせてくれる。
軽く会釈してからバイクをオートクルーズに切り替え、バギーの助手席へ近づく。
身を乗り出してきたセンリが、ユウキと軽く頬を触れさせた。
「ユウキ、立ち直れたか?」
「今晩また思い出して泣くかも……また一緒に寝てもらっていい?」
「ああ、ずっと一緒にいるよ」
頷きあってからバイクが離れた。
メイタがユウキとセンリをそっと伺う。テッセには見慣れた表情をしていた。
「もうよろしいですか、センリ?」
「気を使ってくれてありがとう。
テッセさんもね。
あと黒いの、あんまりユウキを苛めないでやってくれ」
「――力になれればと思ってね。すまん。
あんたの甥っ子は可愛いが、あんたは良い女だな」
黒服の賛辞にセンリが肩をすくめて答えた瞬間、地平の奥からさらに空気読まない絶叫が再び響き渡った。
『JaAADeEee!』
黒いのが復活したようだった。
砕けかけたボディから虚構の奈落をだくだくと流し、地面に虚構の断崖を作りながら疾走するウオズミは、完全に生物としてのシルエットを失っていた。理性が残っているかは分からないが、少なくとも本能は健在のようだ。
今度はセンリをひたと見つめ――と思った瞬間、バイクが遮った。
ウオズミがバックシートのテッセを凄く邪魔そうに睨む。テッセが顔芸でやり返した。
ユウキもべーっと舌を突き出してから、ふと首をかしげた。
「ねえ、そういえば何で本人が狙われないのかな。
あ……いや、そっちに押し付けたい訳じゃないんだけども!」
併走するチェルノボーグとブラキベルマが、目を細めてウオズミとユウキと自分を交互に見た。
「だから、これのせいじゃない?」
ひょいとリガーがユウキの胸に触れる。
――その寸前、後ろから延びたテッセの手がブロックする。
そのさらに後ろではバギー助手席のセンリがこちらを睨んでいた。ユウキに関することであればテッセを動かすぐらい造作もない眼力で。
黒服とブラキベルマがセンリにセクハラご免なさい的に頭を下げた。
「「えーと……
オーミにも転生について教えたんだよ。そしたらブチ切れてさ。
好みじゃなかったらしいな」」
「好みって……それを言うならボクや伯父さんの中身は男だよ!
確かに伯父さんは可愛いと思うけど、僕自身の身体はいびつな大人の出来損ないにしか見えない!」
「「いやいや、ユウキも可愛いぞ?
可愛いからああいうのが沸くんだよ」」
黒服ズがリガーの電磁砲でああいうのの足を撃った。
ちょうど地面に降ろそうとしていた足に絶妙のタイミングで命中し、巨体がわずかにつんのめる。
そこへバギーから展開したばかりのオートキャノンが叩き込まれた。
こちらは側頭部へモロに炸裂する。
キラキラ輝く破片を派手にバラマキながら、横方向サマーソルトみたいな派手なポーズでひっくり返ったウオズミが三たび真っ黒な平面の中へ沈んだ。
激突と同時に、ウオズミに残っていた最後のパーツが砕ける音が響く。
虚構の暗黒がどっと流れた。黒は濁流となってウオズミを飲み込み、完全に見えなくなる。
「オ、ラ、ラ。大当たり?」
黒服とブラキベルマが掌を身体に向けてひらひらとさせる。
「あれ?」
バギー助手席で慣れない手つきのままトリガーを握っていたセンリは、ぽかんとしている。
「パワー、スピード、タイミング、全部そろいました。凄いです!」
「単なる偶然だよ」
肩をすくめた黒服とブラキベルマの向こうでは、メイタがセンリへ祝福のロータッチをする。オートキャノンがセンリの手の動きに合わせてエアタッチした。
『JAAーADEーEEーE!』
どっと広がっていた虚構の奈落から、放電に乗った叫びが駆け巡る。
だがウオズミが立ち上がるような気配はない。
しばらく走ってから、テッセの合図でユウキがバイクを停めた。ユウキたちを後ろから追っていたバギーも急ブレーキをかける。
一行はいつの間にか白服のクレーターに戻ってきていた。
埋まったベロボーグはまだそのままだ。
「そういや、あれは放置していいのか?
なんか凄そうな大砲だったけど……」
センリがテッセとメイタに振り返るが、メイタは近づいてきたテッセとセンリの頭越しにブリーフィングに入ってしまったので会話が終わるまで待つことにした。
「――テッセ、状況を。
シティノイズが酷すぎてバギーでは通信が拾えません。
ジアペルタの通信機は?」
「状況、羽島さんに報告済みです。
こちらのブラキベルマさんのお仲間より、違法ジオレイジの発射を確認。
本人自滅、一体消滅、一体元気でしたがさっき休止。
こちらもジオレイジの発射許可を取りました!
あとウオズミ・オーミの罪状に児童売春を追加です。証人ここに」
「じっ……ジオレイジの許可申請を、貴方も!?」
完全に意表を突かれたメイタが、物凄い形相で運転席から身を乗り出す。
テッセには見慣れた表情をしていた。
まだ腕につけたロボットアームのトリガーグローブを外し切れてなかったセンリが、逃げ損ねて双丘に潰される。
ユウキがテッセの肘をちょいちょいとつつく。
「テッセ、そのジオレイジってそんな凄いの?
さっき核兵器みたいなものって言ってたけど、放射能でも出すとか……
今更かもだけど、これ以上島のみんなに迷惑がかかるなら賛成できないよ。観光客とか国連の人たち……も、一応巻き込まないでやって欲しい。
風評被害で観光収入が減ったり、国連の補助金が減ったら困る」




