第7話《1》
走りやすそうな道に出たユウキがバイクのアクセルを開く。
バギーと離れることになるが、ウオズミを引き離す方がプライオリティが高い。
「ユウキさん、バイクに糸を付けて良いですか。
少し負荷がかかりますけど」
「いいよ、大丈夫!」
ブラキベルマと黒服を張り付かせたまま一気に速度を上げた。
ユウキがちらとリアカメラを確認する。
黒い濁流は既にウオズミの大半を覆い尽くし、全体がどんな姿になっているのか光学では捕らえられなくなっていた。
だが異形と成りはてても、ウオズミは仮想のジェイドを追ってくる。
『JAAADEEEE!』
「ああ……もう!」
ユウキがさらに速度を上げる。電子の咆吼が一気に階梯を上げた。
バイクのリアカメラからウオズミの姿が消える。ユウキが引き離したと安堵した――ので、反応が一呼吸遅れた。
漆黒の濁流に隠れたウオズミが空中へ飛び出す。気付いた時には背中から飛行機の翼と昆虫の羽を生やしたウオズミに頭上のポジションを取られていた。その身体から触手のような黒が高速で打ち出される。
数――たくさん!
とっさにスパイダーリガーがバイクをバランスし、ジアペルタのパワーがユウキを支える。自由になったユウキが回転剣を引き抜いた。
「行け!」
前方のウオズミへ放たれた回転剣が鋭い軌道で触手をなぎ払った。
投擲後、バイクがウオズミの股下へ突っ込む。
空中といってもそんな高い場所ではない。真下でテッセが嫌そうな顔をする。ブラキベルマはチラとみただけで無表情。ユウキも無視してくぐり抜けた。
股をくぐられたウオズミが振り返った一瞬、戻ってきた回転剣がその後ろ頭をブチまかす。
背中の翅を切断されたウオズミが再び黒い平面の中に叩き落ちた。
ユウキは戻ってきた回転剣を片手でホルダーに戻しつつ、ブラキベルマを支えたままバイクを全力疾走させる。
代わりにテッセが後ろへ身体を捻る。ブラキベルマが火線を塞がないように身を沈めた瞬間、リボンガンがバーストされた。四つのバレルから発射されたテレスコープ弾がジタバタ呻くウオズミのボディにブチ込まれていく。
命中箇所のNM塊がチューブ状に不活性化してゆくが、一瞬だけだ。
「駄目です、NM量が多すぎます」
ウオズミ周囲にキネティック場が荒れ狂い始めた。
それがNMを自在にカタチ作り、エネルギーを供給し、分解と再構築をプログラムする。ダメージはまたたくまに修復されてしまう。
黒衣の少女がユウキたちへ警告を上げる。
「あいつ、分解・再構成を担うプライマルNMを体内で生成できるよ。
普通に攻撃するだけでは殺しきれない」
「プライマルNMって、あの黒いののことだよね?
確かに流れ出る量は凄いね」
「ですがNMだけでは空気中に滞留するか、水分や静電気に捕らえられる。
あの量を収束させて自己組織化させるのに必要なキネティック場やパークジェットをどこから供給しているのですか?
それにエネルギー源もです。
NMは微細すぎて自力ではエネルギーを保持できません」
「……」
テッセとブラキベルマの間に緊張が奔る。
喧嘩かと身構えたユウキの後ろで、ブラキベルマが降参のポーズをとった。撃たないで、ということだろう。
「それが《シドの遺産》よ。
詳しいことは教えて貰ってないし、聞く気もなかったけど……遺産は、あらゆるモノを破壊し、創造できる。
特にこういう《都市》では、人間すらも……」
ユウキがブラキベルマの視線と物言いに引っかかった。
そっと自分の顔に触れる。
「ねえ、《シドの遺産》って人間を一瞬で違う存在に作り替えたりできるの?」
『JAAADEE――EE――ee!』
だが回答より早くウオズミが復活する方が早かった。
「ああ、もう!」
ユウキが残り少なくなってきたハイドロブーストに点火する。スワンリッターが最後の本気を出した。
絶叫が彼方へ消えて行く。
「さっきからウオズミが叫んでる《ジェイド》って何でしょうか。
お祈り? アイテム名?」
バイクがカーブへ突入する。
サイドにブラキベルマを従えてるため、ユウキにしては真っ当なコーナリングに徹する。リガーのスケート駆動で並んだブラキベルマが控えめに手を上げた。
「私です。本名はジェイド・ペルチェと言います。
ブラキベルマは背中のコレ。
都市を想定したバードイーター・シリーズの装備です」
「ならウオズミは君を探してるの?」
「ちょっと前までは。
今は好みに合う少女なら誰でもいい……の、かな?」
寂しそうな声音――は微塵もない。
むしろ安堵しながら他人事でユウキに同情している。
「……?」
意味が良く分からなかったらしいユウキが困惑する。
ブラキベルマが少し考えた末、自分の胸をちょっと持ち上げて見せた。小降りだが持ち上がるサイズ。
ユウキがそれで納得する。
「テッセ、クロムドームで痴漢を通報するときって、どうすればいいの?」
「一緒に捕まえましょう、ユウキ!
ところでペルチェさん、貴方はウオズミとどういうご関係なのでしょう。
ご血縁なのですか?」
テッセが何気に込み入った質問を飛ばす。
本人には踏み込んだ認識はないらしく、リボンガンのリロードを始めた。複雑な機構の銃だが手元は見てもいない。
「私の生まれは――セラムファイブの娼館です。
ウオズミは客ですよ。
まだちっちゃくて番号も鑑札もなかったけど、生活のためお金が優先でした」
「きゃくぅ……?」
ユウキの声が裏返った。悪夢を連想させる単語に顔色がさーっと蒼くなる。
まるでユウキの動揺を察知したかのように、無人のビル内を無理やりショートカットしてきたバギーが飛び出し、バイクと併走した。
ユウキを一目見たセンリが変調に気付き、助手席から身を乗り出す。
「ユウキ、顔が青いがどうした!」
「それは駄目です!」
センリより大きな声でテッセが憤る。顔が真っ赤だ。
リボンガンを準備し終え、しなやかな腰でねじれていた身体がぐるんと戻る。
テッセの目線の先にいたブラキベルマが肩をすくめた。
「駄目なのは分かってたけど、親は両方ともアル中だったし暴力も酷かった。
あんなところ、いられない。
娼婦以外の選択肢も駄目な奴ばかり。
選んでも後悔は続いたよ。何日も朝は泣いて吐いた。
子供で、女なんだから仕方がないと何度も自分を納得させて……」
「う……」
女なんだから。
ノースアイルで散々聞かされ、生まれて初めて悔しくて泣いた日を思い出したユウキが言葉に詰まる。それでもユウキは誰かの考える普通の女の子を演じるという選択肢を選べなかった。代わりに選んでくれたのは……伯父だ。
「ユウキ?」
落ち込みかけたユウキの肩に熱い力が籠もった。
ヌルさがないのはテッセの性格だろう。
「ペルチェさん、そこは……同情だけしかできません。
ユウキも、セラムのことは各セラムが負いますから……干渉できません。
ですがウオズミは違います!」
テッセの言葉には力と、明らかな怒りがあった。
非道と不法、無理解と不寛容に対する、正義の怒り――ユウキにはそう感じる。
「彼はクロムドーム人!
法の整ってないセラムへ出向いて意図的に反社会的行為を行うことは、クロムドームでは禁じられています。
ジーリライト、NM、密輸出、監禁、傷害、殺人……そして児童売春!
どれもこれも国外事件であっても国内法で裁けます、連れ戻して裁判です!!」
「ペルチェさん……そんな嫌な日々をどうやって終わらせたの?
もう自由になれたんだよね」
テッセの言葉に少し安心できたユウキが、気になっていた疑問をぶつけた。
立ち直れたキッカケを聞きたかった。
「私が体調を崩して、続けられなくなっただけよ」
「ああ、ご病気で……」
「確かめてないけど妊娠じゃない?
オーミの奴、その可能性を考えてなかったけどね。
それで色々騒ぎを起こして、最後は奴の雇い主に拾われて……」
ため息で区切る。
そこで感情もスイッチしたらしく、少しさっぱりした顔をしていた。
「でも、まあ……ウオズミさんが昔の私を覚えていてくれたことは嬉しかった。
自分が誰だったのか、久しぶりに思い出せたよ」
ブラキベルマにとっては良い話にまとめたつもりだったが、生々しい話に一度は上向いたユウキの心が急速に萎んでいた。特に妊娠云々の箇所で。
ユウキは――妊娠できるのだ。
セカイが、あるいは誰かが、運命が、そう変えたのだ。
やがて限界に達した。
「女の子やだーっ!」




