第6話《3》
「違う、本当に傾いてるんだ!?」
違和感の正体に気付いたユウキが叫ぶ。
徐々に、ゆっくりと、絶対止まらないとハッキリ分かる角度で建物全体が傾いている。
どうやらさっきの落下がトドメになったらしい。
「逃げましょう、ユウキ」
「テッセ、さっきこうなるのが分かって撃った!?」
「はい! でもユウキだったら大丈夫ですから」
「有り難う!」
全幅の信頼を置いた笑顔でバイクに乗ってきた少女とともに、ユウキが倒壊方向とは反対側にあるビルへバイクで大ジャンプをかける。
結論からいうと、確かに大丈夫は大丈夫だった――
「冷たくて気持ちいい……」
古めかしいホテルのスカイラウンジ壁際五ミリで停車したバイクに突っ伏したユウキが、深いため息をついた。
ぼーっとしていると、先に降りていたテッセの気配が離れた。
どうやらベランダへ行くらしい。
去り際に軽く肩に手を置かれる。ユウキはそれがすぐ戻るのボディランゲージだと察しが付く程度にはテッセの意志をくみ取れるようになっていた。
ジアペルタの特徴的な足音が遠ざかり、聞こえなくった頃に一呼吸。
「おまえもよくやったよ、助けてくれて有り難う」
起き上がりつつ、スワンリッターを褒める。
褒められたことに反応したバイクが、コンソールに機体の診断報告を並べてゆく。褒められて嬉しいという気持ちを素直に表しつつも、運転態度に関しては大変ご立腹らしい。トップメッセージは道路の上を走りましょう、だ。
コンソールから愛車をポチポチとなだめつつ、ついでに自分のお腹もさする。もうすっかり慣れた女の子の感触があった。
「緊張した時にお腹に引っ込む感覚、あれ男だけなんだな。
――って、当たり前か。ないし」
「ユウキ?」
テッセの呼び掛けと共にジアペルタの足音が連続する。あわてて口をつぐんだユウキだったが、顔が少し赤くなっている。それを異常と判断したテッセがユウキの額に手を当てた。
「ユウキ、お身体の調子でも?」
「だいじょぶ、テッセ。
単にひゅんとなる感覚が……うん、大丈夫」
「?」
「それよりテッセは無事?
伯父さんやメイタさんたち、さっきのキマイラもどうなったんだろう」
「私は大丈夫です。
ユウキの運転は慣れると面白いです、時々後ろに乗せて下さいね。
メイタとセンリも無事です。キマイラ二体も残念ながら無事と思われますので、作戦行動を継続します。
引き続きお手伝い願えますか?」
「いいよ、脚代わりくらいにはなってみせる」
ユウキが自信を持って頷くと、顔に生命が一気に満ちあふれた。
とても可愛いのだがユウキに自覚はない。
「――ところでユウキ、ひゅんて何ですか?」
テッセはにこにこと笑ったままだ。
ユウキが嘆息する。これはこれで可愛い顔だが、やはりユウキに自覚はない。
「たぶん男にしかない感覚……」
誤魔化しても無駄だなと観念したユウキがなるべく分かりやすく、かつ羞恥が少ない言い回しで伝えた。
きっかり二秒考えてからテッセの顔が爆発したように真っ赤になる。
「すすすす、すいませんユウキ!
決してセクハラの意図があったわけではなく」
「テッセの性格、掴めてきた気がする」
「そ、そうですか……?
それとちょっと失礼します」
さっきとは違う紅さでテッセが笑うと、唐突にシティノイズすらぶち破る超出力通信機のスイッチを入れた。テッセの持つ装備の中でも相当パワーを食う装備であり、起動中は他のことができない。
なんでこの娘はこうも大振りなんだろうな……なんて考えながら、ユウキが大人しく通信を待つ。やがて羽島の声が響いた。
『テッセ、無事だったか!
状況が目まぐるしく変わりすぎてて……』
どうやら向こうでも混乱しているらしい。
「テッセ・アンティリーズ、状況を報告します。
ドレクスラー臨界に到達したマイクロ=グレイグーを二体確認しました。
現在は二体ともビルの下敷きですが、活動は停止していません」
『りょ、了解した!
由々しき事態だ、ならばこちらは……』
「なので《ジオレイジ》の発射許可をお願いします」
何でもないような口調。
だが通信機の向こうで羽島が椅子から引っ繰り返ったような音が響く。どうやら唐突にもの凄いことを言ったらしい。
『じっ、ジオレイジぃ!?
テッセ、思いきりがいいのは君の美徳だが……』
台詞にはじっとりと冷たそうな汗が浮いている。
テッセが重ねて何でも無いように答えた。
「発射の条件は満たしていると判断します。
私には一回の作戦行動につき一発分のチャージも認められています!」
『そりゃチャージだけなら……』
『ちょっと待て、いま手続きに入るから!
――兄貴、莫大なシティマテリアルの中で臨界到達が二体よ!
そういう無茶でギリギリな状況でのテッセの決断は八割方、いい方向へ転ぶ。
結果的にだけど!』
葛藤の末に絞り出した結論であることを滲ませたフォクシーの声が加わった。
テッセがちょっとてれてれする。
ユウキには褒められたようには聞こえなかったが、大人しく聞き手に徹した。
通信の向こうから羽島が渋そうな声でセラムとの調整がどーした、運用手続きがあーだこーとか言ってる声が響くが、もう発射を止める気はないらしい。
一段落したことを確認したユウキが、通信機を切ったテッセの肘をちょいちょいと突く。
「テッセ、ジオレイジって何?」
『JAAADEEEE!』
『GRAAAAAAH!』
ユウキの質問を遮るようにビルの外から二つの奇声が交差する。
何事かとバルコニーから階下を覗き込んだテッセとユウキの目に、佳境に入った怪獣大決戦が飛び込んできた。
莫大なビルの瓦礫を蹴散らし、元ウオズミが三面キマイラへ棍棒代わりにしたベロボーグで大連打をかましている。
ずっと持ってたらしい。ここまで原形を保ったベロボーグも凄い。
「こっ……ぐわっ!
いてっ、はなせ……ぶっ!! あがががががが!
このっおおおおおお!」
ベロボーグが叩きつけられた三面キマイラにしがみつく。
白い装甲筋肉が倍以上に膨らみ、自分の脚ごとウオズミの手を引っぺがした。膝足を代償に自由になったベロボーグが何とか体勢を立て直し、膝立ちのまま三面キマイラを持ち上げ、フルパワーでウオズミに叩きつける。
「Til VALHALL!」
ベロボーグが電子の雄叫びを上げた。
放熱機のカバーが爆発するように開放され、ノズルから青白いエグゾーストが翼のように広がってゆく。全身を血と遊離NMにまみれさせたまま右半身――砲口を二体へ向ける。
「奥の手二発のうち一発をくれてやる。
くーたーばーれぇぇーっ!」
絶叫一閃、空間が大球形に歪んで消滅し飛んだ。
異変を察したテッセが反射的にユウキを自分の身で庇った。自身の身体はフル展開したジアペルタで守る。それでも広がった空間に押し出されるようにテッセがよろめき、衝撃に膝を突いた。
それでも彼女は必死にユウキを守る。
空間が歪曲し、テッセの身体を隙間なく包むジアペルタがビリビリと震える。
――やがて唐突に収まった。
安全を確認したテッセが緊張を解く。
「ふう……ジアペルタの分極時装甲でも少しキツかったです」
「テッセ、大丈夫!? な、何が起こったの!」
「私は大丈夫です。
それと先ほどの質問の答ですが、今のがそうです。転移兵器。
ただ……」
「ただ?」
ユウキが首をかしげた瞬間、目前にヘルメットが飛んできて派手な音を立てた。
ヘルメット――ではなく、ベロボーグの生首だった。
カメラアイが恨めしそうに天井を睨んでいるが、もちろん息はない。
「ひえっ!」
ユウキが腰を抜かし、テッセが両手を合わせた。
「これは少々足りませんでした。
ジーリライトの量、純度、密度、反応速度……どれも不足しています。
兵器としての世代も古く、距離も近すぎ、逆流で自爆です」




