第6話《2》
『JAAADEEEE!』
異形ウオズミがジェイドの名を絶叫連呼しつつ、速度をグンと上げた。まだ左手に持ったままだった白いのがブンブンと振りまわされる。
「くそ、何て願いの強さだ!
このっ、離せ……あばばばばばば!」
白の悲鳴が一緒にバギーを追いかけてくる。
その頭上では、ユウキのバイクが着地の体勢に入っていた。距離、高度、速度――計算された弾道曲線。
「テッセ、もっと密着! ボクと動きを合わせて!!」
「ユウキ、あなたを信頼します!」
テッセが即座に反応した。太ももの手はユウキの下腹へ。同じ動きをするために感覚を集中したことで、テッセが伝わってくるユウキの全てに酔いしれる。
「なんて美しい……」
もっともユウキはテッセの変化に気付いていなかったが。何しろバイクはまだ空中だ。速度も未だ百キロ近い。
ユウキの狙った位置に飛び込んだバイクがリアとフロントを同時に接地させた。鈍い音とともにサスが沈むが、クロムドーム製なのでボトムはしない。反動は前進のモーメントで相殺する。
バイクのコンソールにあらん限りのワードで丁重なアラートが踊るが、無視したユウキが地形を把握し――絶句する。床がない!
「なっ……にぃぃっ!?」
先は断崖絶壁だった。
中央には骨組みしかない。まるで巨人のジャングルジムだ。
構造体のそこかしこでNMが乱れ光っている。どうやら床を生成しようとして失敗しているらいし。
「ユウキ、キャンサーです。NMの生成バグ!」
「このポンコツ都市!」
タイミング遅れて深紅のキマイラが手足だけで着地した。三面六臂の巨体が血とNMをブチ蒔いて破裂し、ゴロゴロと転がってゆく。
だがユウキはそちらも無視!
停止までの段取りを組み立てる。グリッチは即座に選択肢から消した。グリッチは前後で慣性を維持するため、今の速度では危険すぎる。
だがタイヤのグリップ力だけで停まれるのか――
瞬間的な判断で止まりたい方向一点を定めたユウキがバイクを横滑りさせる。床が途切れた部分は空中を滑り、壁際でフロントを支点にリアを流して太い柱に着地。アクセルを開きつつ、アンチスリップジェットを一閃!
壁際をぐるっと取り巻くようにわずかに生成されたキャットウォークへ、文字通りバイクを滑り込ませた。
当然手摺りもない。真下は一点透視パースだが、ユウキは動じない!
即座の荷重移動とエンジンブレーキでリアを流し、キャットウォークの幅スレスレに斜めドリフトして床をスライディングするように進む。
アクティブセーフティはフル稼働!
アンチスリップジェットもフルブーストしてタイヤをグリップさせる。
コンソールに表示されたジェットの噴射限界を示すバーが物凄い速さで削れてゆく。そこまでの制動でキャットウォークの半分を使い切った。残り半分!
「ぐぐぐぐ……」
フロントタイヤがキャンサーのギリギリを掠め、リアタイヤが何度も壁をカスってゆく。
すべてをやり切っても圧倒的に減速が足りない――
「ユウキ、お手伝いします。
私のジアペルタは強力です!」
両足でバイク、片手でユウキを支えたテッセが鉄拳を叩き込んだ。
筋肉の形状に締まったジアペルタがフルパワーを絞り出し、鉄拳のブレーキが文字通り叩き込まれる!
拳の装甲が盛大な火花を上げながらキャットウォークの床を抉りとってゆく。
「もうちょい……もう少し!」
食いしばった歯の間からユウキが呟く。
キャットウォークとジェットを使い切る寸前、ウィリーから後輪一本で深く切り込むようにバンクしたバイクが九十度横に伸びる太い梁へ移る。
まだ速度はかなり出ていたが、ユウキは完全にバイクのコントロールを取り戻していた。
「ふう……テッセ、手は大丈夫!?」
テッセが大きな胸を張る。
「大丈夫です、私のジアペルタは強力です!」
ほっとしたユウキは、バイクのタイヤを軽く軋ませながら反対側のキャットウォークへ出た。
『GRAAAAA!』
その瞬間、絶叫が四角く反響する。
粉砕されたボディを物凄い早さで再生した深紅のキマイラが再び立ち上がると、ユウキたちを追ってフレームの上を全速で走り出す。
バイクもターンしてキマイラと相対するコースに乗った。さらに速度もあげる。
「テッセ、これでいい?」
「はい!
ユウキは二つ目の交差点で横のフレームへ抜けて下さい。
そこで私が仕掛けます」
「分かった!」
迫るキマイラを前に、テッセが機嫌良さそうに笑った。
「ユウキがどういうタイミングで動くか、分かるようになった気がします」
「二つ目で曲がるんだよね?」
「うーん、そういうことでは」
キマイラは全力で全速。バイクが速度を調整する。タイミングを計ったテッセがバックシートで立ち上がった。
同時にユウキがバイクをターンさせる。
復活したアンチスリップジェットを一閃し、フロントに微妙に荷重をかけスロットルオフ、立ち上がりで再びスロットルオン!
バイクのリアが流れる出足のタイミングで、テッセがジアペルタのジャンプジェットで宙へ躍り出た。
その後ろでバイクが交差する別の梁へ移る。真下は何にもない大空間であるにも関わらず、一切の動揺がない。
飛んだテッセは真正面のキマイラへ突撃を敢行した。
「キマイラのポジション把握、ユウキは……無事、と」
距離、速度、慣性――空中の一瞬でテッセが状況を把握する。こちらも動揺はない。
深紅のキマイラも一気に距離を詰めると、テッセ目がけて鉤爪を振り上げた。
『GRAAAAHH!』
「そうはいきません!」
テッセは一撃を軽々と躱すと、逆にキマイラの腕を掴んで螺旋に回転した。遠心力でキマイラの身体を振りまわす。
地上数十メートルでの空中戦――
バランスを崩したキマイラが何本もの手足で柱や梁に掴まった。必然で動きが止まり、火線が揃う。テッセが両足を揃えた!
「パイルトラスター!」
ジアペルタのセカンダリーアタックが機能を開始する。
キマイラの側頭部へジアペルタの蹴りが叩き込まれ、同時に両脚部に装備されたウェポン=ギミックから音速を遙かに越える轟音が響いた。
爆発により極箔のメタルチップからパイルボルトが鋳造され、射出される。
全力蹴りの衝撃でひしゃげたキマイラの顔面ど真ん中にポッと赤い点が灯った。光点は深紅のボディをブチ抜き、抜けた背中側に巨大なクレーターを穿つ!
テッセは蹴りの反動とジャンプジェットで再び空中へと飛翔する。
その後ろでタイヤが軋む音が響いた。反対側のキャットウォークでバイクを停めたユウキが、回転剣を投擲する。
「ペンデュラムスピナーッ!」
こちらもセカンダリーアタック。
投擲された回転剣が即座に切断光輪と化し、キマイラの残った一面を切り裂いた。
ついでに柱や壁も根こそぐ!
キマイラを乗せたまま裏返った床がひっくり返り、壁が面ごと下へ落下する。反動を受けたビルが前後上下左右に不気味に揺れた。
――ビルはどうにか持ってくれたようだ。
ユウキは戻ってきた回転剣をホールドしつつ、余りの切れ味に呆然とする。テッセも戻ってきた。
「お前……そんなに切れ味良かったっけ?」
「ユウキ、キャンサーに対NM装備を使ったのですから当然の結果です。
それよりあそこを」
バラバラになりかけたキマイラが途中のフレームに引っかかっている。
「止どめ刺したいけど難しいかな……ん?」
一階からバギーのかん高いエンジン音が響いた。
「伯父さん?」
「メイタ!?」
どうやらビル内を通り過ぎようとしていたらしいが、瓦礫に行く手を塞がれ停車してしまった。後ろからはクリスタルなウオズミが追ってくる。
バギーの助手席でセンリが仁王立ちした。横でメイタがハラハラしながら見守っている。
『JAAADEEEE!』
「だーかーら、人違いだと言ってるだろうが!」
センリがビシっと指を突き付けると、土埃が不自然な直線で途切れた。ギャラリーがセンリのキネシック場と気付くより早く、ネジくれた白い棍棒を振りまわしていたウオズミが顔面から不可視の壁に激突した。
ひっくり返ったウオズミの上に、センリが持ち上げた瓦礫が降り注ぐ。
意外に軽い音とともに大量の埃が舞い上がって視界が途切れた。衝撃で安普請のビル全体が揺れる。
埃の向こうでバギーのエンジン音が遠ざかって行く。どうやら二人とも無事らしい。
「テッセ、伯父さんたちは無事みたい」
「んー……ん? んん?」
下と上と横を交互に見たテッセが状況判断の末、虚空からリボンガンを取り出してフレームに引っかかったまま再生を始めていたキマイラ周囲へ連射する。火花が何発も散った。
キマイラは足場ごとガラガラと崩れ落ち、真下のウオズミの元へ――
今度は凄い音が響いた。
「あ、当たった」
「よかった、狙い通りにぶつかりました」
『JAAADEEEE!』
『GRAAAAAAH!』
激突したウオズミとキマイラは瓦礫の上でなぜか泥臭い激闘へと移行する。
創造主は創造物に裏切られる運命なのだろうか。
「全裸宝石の方が有利っぽいかな」
「――ユウキ?」
「ん?」
テッセに呼ばれて振り向いたユウキが貧血を起こしたようによろめいた。
まるで床が傾いたような違和感が――




