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第5話《4》

 憮然と呟くチェルノボーグがウオズミのバンから視線をそらす。

 そうか……と呟いたベロボーグが、懐から取り出した煙草を勧めた。赤い点とともに紫煙が交差する。

「よく分からんが、男女の話でいいんだよな?

 煙草一本分なら愚痴くらい聞くぜ」

「最初は純粋に金での関係だったんだが、なんか気に入られてな……

 そのうち『支配できる親』みたいな気色悪い役割まで望まれるようになってきて、色々面倒臭い奴だったよ」

 黒い影がくっくと笑う。

 それを見た白い影が苦笑いした。

「時間だぜ、チェルノボーグ。

 オゴリなら朝まで聞いてやるから、さっさと終わらせようぜ?」

 視線の先では血まみれのブラキベルマが無表情に()()をしていた。

 ウオズミは絶叫すら上げられなくなってるようだが、まだ死んではいない。

「ウオズミもこれまでか……

 ブラキベルマ、その辺でいい」

 かけられた声に少女の動きが止まる。

 ベロボーグがウオズミを引きずり上げると、獣のような反応が一度あがった。

 ウオズミは血の海から目だけを爛々と輝かせている。

 視線の先にいるのはブラキベルマだったが、少女は車に向かうチェルノボーグの後を無表情に付いていく。ウオズミは見てもいない。

「残念だなウオズミ、振られたみたいだぜ?

 ――チェルノボーグ、シドの遺産を探すぞ」

「もう探してるよ。

 車には……封印管が二本だけか。他に何かあんのかね?」

 チェルノボーグがバンの荷物を次々に放り出す。

 ベロボーグも車に近づこうとして、小さなアルバムを蹴飛ばした。

「なんだこりゃ……おっと、すまん」

 アルバムを慌てて綴じると、チェルノボーグに手渡す。

 気付いたウオズミが必死に手を伸ばした。

「返せ……それは、ジェイドとの……」

「ああ、知ってるさ」

 チェルノボーグは小さなアルバムを適当にめくりつつ、地面に放り出されたウオズミの脇に座り込んだ。

 物凄い顔をしたウオズミが大男を睨み付ける。

「それはジェイドとの思い出の品なんだ!」

「だから、知ってるよ」

「な……?」

「まだ気付いてないのか、オーミ?

 オレがジェイドだ。ジェイド・ペルチェ。

 いや、()()()()()って言うべきかな。

 ――つまり《転生》って奴さ。結局間に合わなくて、ラボへ送られ……そこでまあ、そういうワケだ。

 前の身体(そっち)は半自律型のリモート端末だ」

 チェルノボーグがサングラスを外した。

 少女としての面影など微塵もないが、筋肉の塊みたいな身体にしては意外に爽やかな素顔だった。

「驚いたかい?

 オレも最初は驚いたが……大人の男は女のガキよりずっといいぜ。

 ――で、どうする?

 対等で同性の関係でやり直すっていうなら歓迎するんだがね。

 金だけの関係だったが、あんたは最低最悪よりはずっとマシだったと思ってる。

 一緒に食った飯は美味かったし、買ってくれた綺麗な服も好きだったよ」

 死にかけのウオズミは動かない。ただ、血走った目にバグった意志の光が宿り始めている。

 チェルノボーグ(ジェイド)が小さなため息をついた。

「どうだい、組織へ戻ってこないか?

 抜けた理由がオレだったなら、理由は無くなった筈だぜ。

 オーミは組織も認めるスペシャリストだ」

「ジェイド……」

「なんだい?」

 それなりに優しい笑顔だったろう。

 だが、ウオズミの目は虚空を睨んでいた。浮かんでいるのは――狂気か。

「ジェーイードォー!」

 喪失の絶叫は黒いコートの背中で散った。

 肩越しに放り投げられたアルバムがウオズミの脇に落ちる。

 ぶつかって開いたページには――商品に堕ちた少女のフォトが並んでいた。

 チェルノボーグが肩をすくめる。

「やっぱフられたらしい」

 ベロボーグがチェルノボーグへ煙草をもう一本勧めた。

「やっぱり今回はオレが奢るよ。痛飲と行こうぜ?

 ――それより遺産が何処にもない、NM圧が強すぎてセンサーも役にたたん。

 ナナセファイルも、それっぽいモノがない。

 シドの遺産がこの近くにあることは間違いみたいだが……ん?」

 白服の視線の向こうで空間が不安定にモザイクした。

 三次元に生じた綻び(グリッチ)――

 瞬間、目の前にあったビルの上に大型バイクが飛び出した。

 建物と中途半端に融合した高架橋の上にピンクブロンドがたなびき、タンデムする装甲スーツ姿のテッセごと見事な着地を決める。ユウキは官給品らしいライダースーツ姿だが、サイズやらなにやらが微妙なせいで過剰に色っぽい。

「ユウキ、変な場所触ってごめんなさい!」

「手を放すと危ないって、テッセ。

 どこをどう掴んでもいいから手を離さ……にゃーっ!」

「あわわわ、す、すいません。

 お尻小さいから掴み難く……あ、褒めてます。もう全身全霊で!」

 騒がしく出現したバイクのバックシートには、センリではなくフル装甲スーツ(スペリオルダイバー)《ジアペルタ》を完全展開したテッセが座っていた。二人とも色々慣れてないせいで大混乱に陥っている。

 微笑ましいやり取りを続けるユウキたちを見上げたベロボーグが顔をしかめた。

SDV(スペリオルダイバー)は……次元管理局の奴らか。

 小さいのはバスアイを倒したガキだが、もしかして組んだのか?」

 その視線が急速に勢いを失った。ベロボーグが驚いたように目を見開き、視線が上へと流れる。ユウキを飛び越し、さらにその上へ。

 ユウキもこちらを見上げている白服の視線に気付き、何げなく振り向いた。

 ――瞬間、ユウキのNMセンスが大警告を上げる。

「なんだ!?」

 バイクの目の前に、赤黒くて巨大いな()()が地響きとともに着地した。

 上下ぶっちがいの三面六臂に機械類がシームレスに融合したシルエット。

 ウオズミが作り出した真紅のキマイラ三体の融合体なのだが、もちろんユウキたちには分からない。

「これ……キマイラ!」

「とてつもない大物です、ユウキ!!」

 怪物とユウキの視線がカチ合った瞬間、バイクが急発進した。

 慣れてないテッセが後ろへ置いてかれそうになったので、ユウキが咄嗟にテッセの手を掴む。

 振り下ろされたキマイラの腕が二本ほど空を切った。

「テッセ、飛ぶよ」

「えっ?」

 テッセの身体を引っつかんだまま、ユウキは片手だけでパルクールなマニューバを決め、ハイドロブーストも駆使した瞬間加速で隣のビルの屋上に移った。

 下で見ていた白黒がぽかーんと間抜けな顔をさらす。

 まだ煙草を捨ててなかったチェルノボーグがふーっと紫煙を吹き出した。賞賛だったのかも知れない。

「バイクも凄いが、あの嬢ちゃんも凄いな」

「あいつらも気になるが、シドの遺産が先だ。急ごう」

 頷いた黒が白に続くと、ウオズミの車に戻った。

『GRAAAAAHA!』

 その頭上から、ユウキたちを追って跳躍したキマイラの絶叫が響く。

 着地したユウキが、片手のまま切り込むようなバンクでバイクをターンさせる。少々動きが硬いが、それでも凄まじい早さだ。遅れて着地したキマイラは止まり切れず、転がったまま壁を突き破って何処かへ消えた。

「ユウキ、手を離して大丈夫です。

 運転に専念してください」

「でも……」

「大丈夫です、レイディ」

 手の甲に唇の柔らかな感触が走り、ユウキが驚いて手を引っ込めた。

 悪戯っぽく唇を尖らせたままのテッセがジアペルタのバイザーを元に戻す。

「わ、わわっ!」

「セクハラでしたら申し訳ありません。

 クレームありましたらメイタが正規の窓口役です」

 テッセが指す先で、使い捨ての固定翼で滑空してきた装甲バギーが翼をパージして着地する。

 ハンドルを握るのはメイタだ。シートベルトに挟まれた胸が凄い。

 助手席にいたセンリがユウキの視線に気付き、軽く手を振る。目が『お前の運転よりは静かだった』と語っている。

「了解、じゃあいくよ!」

 気合いと共にユウキが本気の走りにスイッチした。

 その後ろで、止まり損ねてブチ抜いた壁からキマイラが復活する。

『OOHH―――PSS!』

 キマイラの口が大きく開き、チャージ音が階梯を駆け上る。アシッドな炎と共に、ブレスバレルからフラッキング弾が放たれた。

 フラッキング――ゲーム用語ならプレイヤー殺し、軍事用語なら気に入らない上官を事故に見せかけて爆殺するという俗語から派生したキマイラの火砲は、どこかの段階からか都市に紛れ込んだものだ。

「遅いよ」

 バイクが急制動をかけ、切り込むような深いバンクから最短最速でターンする。さらに急な段差を駆け下りた。

 外れた光弾が炸裂するが、爆風すらユウキたちに追いつけない。

「バイクでパルクールですか、凄いですユウキ」

「まだまだ、これから!」

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