第5話《3》
フォクシーの身長は羽島よりずっと低いが、迫力では圧倒的に勝る。
「この人は管理局の主任担当官、羽島チーフオフィサー。ついでにウチの兄で。
――で、何の用事?」
「い、いや……大事な……」
「大事ならちゃっちゃと言う。そうでないなら外で待つ。
それとも役職盾にしてノゾキ?
ユウキもセンリもカワイイものねえ、お兄ちゃん」
最後の一言には皮肉がたっぷりと塗り込められている。
「ばっ……!」
反論しようとした羽島が、三たびユウキと目が会った。
ユウキは履いたばかりのショートパンツのファスナーがまだ閉じられておらず、そこから下着が見えている。
再び羽島の口元がにやけた。本人の意志というより本能の成せる技か。
こちらをじろりと睨み付けるセンリと、困ったような顔をするユウキの表情をみて、居住まいを正した羽島が九十度腰を曲げた。最敬礼。
「――羽島蓮と申します、ご無礼をお許し下さい。
お名前を教えて頂けますでしょうか」
「口調」
「な……ななせ、ゆうき……です」
「テッセ?」
メイタが首をかっきるジェスチャー。理解したテッセが片手でひょいと羽島の首根っこを持ち上げた。長身の身体がグルッと回れ右する
「あ、ちょ……」
「お気持ちは大変よく分かりますが規定とマナーと良識違反です、羽島さん」
「待ってくれ、重大な事実が判明したのは本当だ!
ユウキさんたちが持ってきてくれた戦闘ログを元に、海底からサルベージしたNM塊から《リヒトブロック》の情報解析に成功したんだ。
駄目元だったが、フォクシーの開発したツールのお陰だよ」
羽島がグリグリとフォクシーの頭を撫でた。
髪をぐしゃぐしゃにされた妹が凄んだ笑顔で兄を睨み付ける。
「奴らは独自のジーリライト精製施設まで保有するという噂の犯罪組織だ。
近年、創設者シド・フィーダーが残した《シドの遺産》と言われる物を探していると噂が流れていたが、どうやら本当だったらしい!
その遺産らしき何かが、いま手配中のウオズミ・オーミと共にこの《都市》にある。
加えて、ナナセファイルという何かの存在も追っているようだが……」
それまで興味なさそうだったユウキが反射的に動いた。
羽島の手をガッチリと掴む。後ろでセンリも羽島に詰め寄った。
「――こっちは、よく分からない。
な、なにか?」
真剣な眼差しに羽島が気圧される。ついでに真っ赤になった。
「七瀬結城……ボクの名前です」
「ええ、先ほどお聞きしました……ん?
ああ、《ナナセファイル》!
確かに同じ名前だが、転生前にリヒトブロックと関わったことでも?
転生後は基本的に過去の賞罰を継承しませんから、気にせず答えて頂けますか」
「転生前にボクたちに何があったのか、何も分からないんです……
だから――知りたいと願います」
「ふむ……フォクシー、二人のチェックは?」
「クロスアイ含め、すべて問題ないよ」
「有り難う、ならば全ての条件をクリアした。
協力しよう。そして歓迎しよう。ユウキ、センリ、ようこそ次元管理局へ!
まずは……テッセ、すまないがそろそろ降ろしてくれ」
羽島を掴んだままだったテッセの動きが止まった。
話を聴いてもらえたかと思った羽島がほっと息を継ぐが、テッセは羽島ではなく虚空を見つめていた。
「――サウスアイル四区でNMの大反応を検知。
戦闘が発生しています!」
テッセが叫び、羽島が乱暴に開放された。
同時に、メイタの周囲に幾つものホロスクリーンが立ち上がる。
「こちらも確認しました。
大規模なプライマルNMの起動を確認」
超俯瞰された映像が一気にズームされ、巨大な倉庫を映し出した。
光学映像の大半は黒煙で隠れている。火事だ。
熱と共にNMパターンも爆発的に広がり始めている。
その中で、白いバンに乗り込む男性の顔が急速にズームアップされた。
「ウオズミ・オーミです、発見しました!」
「コンディションステート・フォー」
尻餅の姿勢から一挙で立ち上がった羽島が宣言する。
テッセ、メイタ、フォクシーが直立不動から敬礼に入り、支局内部が一瞬で緊急管制モードに切り替わった。
「ジーリライト反応も検知した!
本件はこれより我々で直接対処を行う、各人は行動を開始せよ」
即座テッセとメイタが出撃の準備に入った。フォクシーも大量のタクティカルコンソールが並ぶ指揮所に入る。
何をしろとも言われてないユウキとセンリはその場でどうしたモノかと考えていると、羽島がカードを渡してきた。
「簡易だが、おめでとう。我々は君たちを歓迎する」
「これは身分証明書……管理局のか、これ?
唐突だな、おい」
「君たちからも入局の意志を示されたとテッセから聞いたよ。
こちらの執行クロスアイも入局を認めた。
君たちは対キマイラ要員として充分な能力を持っている。その能力をセラム114のために活かして欲しい」
「ハンター稼業が生業になるってことか。
雇われるのは承知したが、労働条件や待遇を聞いてない」
「もっともだ。
だが今は時間がない、我々と同条件であることは保証する。お二人の希望にも添う。
――早速だが現場入りを頼む。
目的はクロスアイ支援下でのテッセ、メイタのサポート、それに対キマイラ要員。
戦闘ログを見たが、君たちならいつも通りに行動してくれれば問題ない」
「ふむ……ユウキはどうだ?」
「伯父さんの判断に従うよ。
でもボクはいいかなって思う。テッセたちは悪い人には見えないし、それに風評や偏見を減らせるかも知れない。
イースで生きてくしかないなら、もっと住み心地良くしていきたいな」
「よし、ならOKだ。
よろしくお願いします――って、なんだこの書類?」
「サインを頼む。
こればっかりはパルプ紙に肉筆のサインが決まりなんだ。法律でね。
あとNMの取り扱いについてだが……」
「後で!」
殴り書きでサインしたユウキとセンリも飛び出すと、待っていてくれたテッセ、メイタと合流する。
「ユウキ、あなたは私とお願いします。
貴方のグリッチがあれば現場へ一気に先行できますから。
センリはメイタとお願いします」
「了解!」
*
汗だくのウオズミを乗せたミニバンが寂れた裏道を疾走する。
奥へ、奥へと進むごとに《都市》は複雑さを増してゆく。
ブローアウトの度に成長する都市はランダム生成されたダンジョンにも等しい。
その生成も、必ずしも成功ばかりとは限らない。
生成バグによりユークリッドの幾何学を消失した構造物も多く、先に何があって何処へ通じているかは運転するウオズミにも分からなかった。
――それでも良かった。行き詰まれば適当な建物でやり過ごせばいいだけだ。
「ここなら隠れる場所は幾らでもあるさ。
それに、これさえあれば何度でもやり直せる……」
ウオズミが胸をさする。
片手を離した瞬間、車が軽く揺れた。
ハンドルを握り直そうと目を落とした瞬間、フロントが真っ白に砕け散った。
開いた大穴から逆さまの少女がのぞき込む。喪服みたいな黒装束、意志のない瞳、土気色の肌、そして六脚のスパイダーリガー。
「ジェイド!?」
ハンドルを切り損ねた車がカーブを曲がり切れずに激突し、エアバッグが広がる。拘束されたウオズミの頭上で車の屋根が力尽くでこじ開けられた。
スパイダーリガーを全て展開させたブラキベルマが、血だらけのウオズミを引きずり出そうとする。
「待て、待って――ほら、思い出してくれ!
これも、これも!」
エアバッグから抜け出したウオズミが胸のポケットから小さなアルバムを取り出した。綺麗な装丁の小さな本を震える手でめくる。
次へ、次へと――
動きを止めたブラキベルマが、アルバムに静かに魅入る。
ウオズミも落ち着きを取り戻していた。小さな笑みが広がって行く。
それは楽しい思い出を共有する相手への笑み。
「ジェイド……?」
ウオズミが親愛の情を込め、ブラキベルマを迎え入れるために両腕を広げた。
胸の中に飛び込んだブラキベルマが――その顔面ド真ん中へリガーの爪を叩き込んだ。
無人の街角で事故ったバンがガタガタと揺れる。そして情けない絶叫。その後ろにリムジンが急ブレーキをかけて停まった。
「ウオズミは生きてるか?」
ベロボーグからの問いかけにチェルノボーグが微妙な顔をする。
「なんか機嫌悪そうだが、どうした」
「ちょっと昔を思い出した」




