第5話《2》
フォクシーがトライスキャナーのモード切り替えアイコンに指をかける。
「栄衛さん、サンプリングのため身体に触れたいんだけど大丈夫?」
「いいよ、腕でいいか」
「皮膚ならどこでもいいけど柔らかいところがいいかな。
このパッチ貼って……はい、大丈夫。
うん――」
フォクシーが画面に見入り、一呼吸おいた。
小さな唇が硬く引き締められている。
「所感を貰えるかい?」
「そうね……まず栄衛さんのことから。
その前に、貴方は自分の身体のことをどこまで知ってる?」
「ノースアイルに収容されてた時に医者が腰を抜かしたのは見た。
――内臓とか少し違うんだってな。
以来、医者が怖がって近寄ってこなかったから詳細は分からない。
あとセンリでいいよ」
「OK、センリ。
あなた方の身体は《転生者》によくある作りをしてる。
ただNM制御用のジーリライト器官がある。これは違法!
もっともコレ取ったらサカエさんたち死ぬから、手を出せないけど……
NM受容体を作り出す遺伝子も確認、お二人ともそういう生物になったと思って」
「いや待て、なんだそれ!?
異世界では勝手に人体改造もするのか!」
「正規の手続きを踏まなければ重犯罪だよ。例え相手がセラムの人でもね。
何より問題はこの……ジーリライト器官。
貴方もユウキも、電力を供給する程度でNMを使うことができる。
これは違法よ、間違いなくね」
フォクシーが腕を組むと正面をセンリに向ける。
尋問でもされるかと身構えたセンリだったが、その視線に敵意を示す色はない。
むしろ重い病を患った者を前にした医者の目だ。
「ねえセンリ、ユウキも。
ゲートシップ墜落から目覚めるまでの詳しい話を聞いても?」
「空が星ごと堕ちてきて……みんな、みんな燃えて……
辛うじて助かっても居場所はなくて、汚染者としてイースへ強制的に連れてこられたよ。
その時は、まだボクも伯父さんも普通だったけど……
到着直後に津波みたいなブローアウトに巻き込まれて、目覚めたらボクも伯父さんもこの身体になってた」
フォクシーが無言でセンリのリアクションを待つ。
どうやら二人の意志を確認しなければ話を先へ進めない気らしい。
センリが同意のため頷いた。
「基本的にはユウキと同じだ。
ノースアイルで超弩級のブローアウトに巻き込まれ……目覚めたら巨大施設の中にある、赤い液体が満ちたカプセルの中でこのナリだ。
目覚めたのはオレが先で、既に何週間もたっていた。
国からオレたちは死んだと思われてたよ。ある意味、正しかったワケだが」
「記憶については了解。
二人が目覚めた場所……変な地下施設について覚えてることはある?」
「場所は言った通りノースアイル。
今はタイダル・ストリートって言われてる辺りのちょい東くらいに入口があったけど、もうブローアウトで消えた。ボクはNMの活動状況がある程度分かるNM感覚を持ってるんだけど、それを幾ら使っても場所が分からない。
地下は凄く広く、深かった。ジオフロントって言うのかな。目覚めたのはずっと下の階層で、ポットがたくさん並んでたよ。
ジオフロント内はキマイラだらけだったから、脱出するまで何度も死にかけた」
「セラム114の人たちを大勢犠牲にしたあそこか。
でもポットの並ぶ部屋の記録はない……
やっぱり凄いの取りこぼしてたんだ」
「何か知ってるのか?」
「あそこは、ここ堕ちたゲートシップの一部が再構築された区画。
でも船の設計図にそんな場所はなくてね。
調べようにも当時はウチの兄とメイタの二人しかいないし、そのうちブローアウトも始まって丸ごと《都市》に作り替えられ……
結局詳細は分からずじまい」
「あんたらの組織……次元管理局だっけ?
具体的にどんな組織なんだ」
聞かれたフォクシーが、背後の壁に掲げられた大きなシンボルマークを指す。
後ろで聞いていたテッセが説明を引き継いだ。
「先ほども申し上げましたが、我々は次元転移を実現させた《ジーリライト》という物質を管理してる国際機関です。
ジーリライトの隠匿や不正利用は国家すら罰せられます」
「その関係で管理局は各セラムに支部や分署を持っています。
フリゲートも保有し、臨検も認めらているんですよ。
セラムにいるゲートシップは絶対にジーリライトエンジンを持ってますから」
メイタが上を指す。
センリがフォクシーへ首をごろりと向けた。
「――で、ここに墜落したゲートシップからジーリライトは回収できたか?」
「痛いとこつくね。
さっきから言ってる通り、ぜーんぶこれから!
ジーリライトを探し出して回収計画の素案を作れ……って、セラム丸ごと1個相手にどうしろというんだ!」
フォクシーがパッと手を広げて天を仰ぎ、悲劇を語る。
浸っていたフォクシーにユウキがそっと声を掛けた。
「ねえ……その、フォクシー?
検査が終わったのなら伯父さんに服着せてあげてもいいかな。
中身はともかく、外見は……女の子なんだし」
「おまけに犯罪者も大勢寄って……って、裸のまま放置してご免!
予定してた時間もとっくに過ぎてるし、今日はもう……」
その瞬間、扉が大きく開いた。
ドアロックはまだ完全に起動していない。警備員を兼ねるロボットたちも身内相手には一切反応しない。
「テッセ、メイタ、フォクシー、入るぞ!
先ほど現地の人から持ち込まれた戦闘ログから、重要な事実が判明し……」
電子端末に目線を落としながらズカズカと入ってきた青年の足が止まった。
何かを言いかけたまま口を開けっ放しにしている。
「えと……どうぞ、こっちはお構いなく」
スキャナーのベッドに飛び上がり、身を挺してセンリの裸体を背に隠したユウキが引きつった笑いを浮かべる。
自分も下着姿だということは完全に忘れてるらしく、大股を開いている。
「羽島さん!」
テッセが飛んできて羽島に後ろを向かせようとした。
羽島の身体は従った。
だが首から上はユウキを追尾し続ける。口は半開きで、目は見開いたまま、肩が少し震え出している。クールな顔に徐々に赤みが差してきた。
「あの……ボクに何か用ですか?」
ユウキが青年と目線をあわせた。
――その瞬間、物凄い早さで青年が九十度横を向いた。ネジりにネジりを加えた前衛的なポーズで、脂汗だらけの顔を真っ赤にしている。
「……」
青年が何か喋ったようだが、口元を抑えているのでユウキには聞き取れない。
困ったユウキがセンリに助けを求めるが、メイタに渡されたタオルを羽織りながらニヤニヤ笑われた。
フォクシーはジト目無言。メイタは頭痛でもしてるように頭を押さえている。そんな中でテッセがぱっと笑った。同志へ向ける笑みだ。
「羽島さん、ユウキさんって可愛いですよね!」
「……」
ワンテンポ遅れで、羽島の頭が物理の問題に出てきそうな複雑な軌道を取る。
どうやら頷いたらしい。
「ユウキさんも、とりあえず服を……」
「ユウキ、お前も外見は可愛いんだぞ?」
「え?」
「なっ……そんな意図はない!」
あわてて振り返った羽島とユウキが再び視線を合わせる。
ユウキはメイタに渡された自分のシャツを羽織ってはいたが、前はヘソまでの肌色一直線。裾からはお尻の丸みを体現した下着が見えている。
羽島の顔は上半分シリアス、下半分は緩みまくったニヤけ顔だ。
――そこでやっとユウキが悟った。
素早くシャツの前を閉じ、裾を引っ張りながら内股にし、尻を後ろへ突き出す。そうやって何とか自分の身体を隠す。
顔がピンクブロンドよりもっと濃い赤に染まった。
ユウキの中身は男子だが、男子でも下着姿をジロジロ見られると恥ずかしいのだ。男も女も恥ずかしいは共通の感情である。
「お、お医者さんですか……?」
「ちがう」
言葉は後ろからきて、前へ抜けてゆく。
ジト目継続のフォクシーがユウキの横を通って羽島にズカズカと近づき、下から腕をわしっと掴んだ。




