第5話《1》
ユウキたち三人はセントラル・アイルでもっとも高いビルの最上階を借り切った次元管理局セラム114支部に来ていた。
もっとも支部はまだ作りかけだ。
多目的ロボットが何体も行き来している中で、取りあえずカタチになっていた医療室に通されたユウキとセンリがスキャンを受けていたのだが――
ユウキは着替えとセンリの間で逡巡した後、地味なハーフショーツとパッドなしのスポブラ姿のまま、テッセとセンリの元に駆け寄った。
調子は大分戻ったらしく下着姿を晒していても普通にしている。
「テッセ、大丈夫だから……
さっき伯父さんが言った『買う』って別に変な意味じゃなくてね?
雇って下さいっていう言い換えというか比喩というか」
ビストロでのセンリ最後の台詞の後、言葉を額面通りに受け取ったテッセが耳まで真っ赤になって狼狽えた挙げ句、説教と説得と懇願に突っ走ったのが三十分以上前だ。
訂正する間もなく何故か強引に管理局支部に連れてこられ、何枚もの電子書類に署名させられた挙げ句、いまこの場で精密検査という流れになってしまっていた。
最初にユウキが検査をしている間、センリはずっとテッセに抱かれていたらしい。
「お二人の境遇……ご想像つきます。
でも大丈夫ですから! わたしたちも付いています!」
テッセが力強く叫ぶとユウキもまとめて胸元に引き寄せた。
母性にしては力強いというか、ロック技というか。
ボリュームのある胸に顔を埋める羽目になったユウキが困惑を深め、鼻先でセンリも似たような溜息をつく。
隣室で書類を確認していた別の女性が溜息のユニゾンに気付き、苦笑いしながらこちらへやってきた。
テッセを高校生とするなら、こちらは大学生くらいか。ビジネススーツが似合っている。
「ユウキさん、早めに着替えてください。
まだ工事中なので色々と建て付けが悪くてですね。
ほら、テッセも!
サカエさんから入局前にメディカルチェックを依頼されたんでしょ?」
「はい、メイタ……」
テッセがセンリを離した。
ユウキも軽くハグして、ついでに頭を撫でてから手を離す。
ビジネススーツの女性も立ち上がった。
「その……有り難うございます」
ユウキが女性の胸から突き出したIDプレートを見ようとするが直視できない。
メイタはテッセ以上に胸が大きい。背の高さに比例して位置も高く、そのうえプレートは反りの上側にある。
ユウキの困り顔を見ていたメイタが、苦笑いから徐々に普通の笑いにシフトした。
屈んで名札をユウキ側に傾ける。
「改めまして、メイタ・シホールです。
管理局のコンパニオン・オフィサーになります」
「はじめまして、シホールさん」
会釈したユウキの肩に手が添えられ、くるっとひっくり返された。頬の次は頭上を柔らかな超重量物に押さえ付けられる。
球の向こうからメイタの声が響いた。半分は振動だ。
「ユウキさん、なんていうか……恥ずかしがらないですね?」
「下着姿のことですか?
嫌な目で見られたなら嫌だと思うし、落ち込みもします。
シホールさんに僕はどう見えますか?」
「メイタで結構です。
ユウキさんはそうですね……外見通りです。外面も内面も人の一部ですから、影響を受け合うと思います。
例えばユウキさんはあまり髪を梳してないですよね?
それを貴方も、ご家族も気にしてないんだなと」
ユウキに断ってからメイタがピンクブロンドを軽く梳いて持ち上げる。
確かに毛先はバラバラだ。
「確かに髪の手入れはあんまり……習慣にしたくなくて」
「どうしてです?」
メイタが下をのぞき込んだので圧力が上がる。さっきより随分と真剣だ。
「願かけかな。
明日には戻ってるかもしれないって」
「ユウキさん、お食事や睡眠はきちんと取っていますか?」
メイタが真面目に問うが、ユウキは気にした風もなく笑った。
「眠れなかった時期はあります。
ノースアイルの収容所暮らしのころとか……
でも伯父さんに心配されたり、怒られたりして、いまは普通。
伯父さんと二人で暮らすようになってからは炊事や家事をシェアしてるから、寝てるし、ちゃんと食べてます」
答を聞いたメイタの視線から厳しさが取れたが、ユウキは気づかなかった。
メイタが椅子に移動してユウキを開放してくれる。
ユウキが着替えようと部屋の隅に立てかけてあるパーティションへ振り向くと、手前で立ち止まっていたセンリと目が会った。こちらをずっと見ていたらしい。
微かに笑ったセンリはそのままパーティションの裏に入る。その背にメイタが小さな会釈を返した。
すぐに衣擦れの音が小さく響いてくる。
センリが着替えを始めたので、何となくユウキが順番待ちモードに入った。雑談の時間が出来たことに気付いたテッセが本格的に腰を落ち着ける。
「ノー……」
「――ユウキさん、お料理するんですか?」
ノースアイルの収容所について質問しようとしたらしいテッセを、メイタがやんわり逸らす。
ユウキに見えないように、テッセにめっ! というアイコンタクト。
幸い、ユウキは気づかなかったようだ。
「簡単なのだけね。
でも伯父さんにも好みあるから、なるべく合わせて作ってる。
特にマヨネーズ嫌いなんだよ」
ユウキがくすくすと笑う。
それを切っ掛けにして雑談の話題が広がってゆく。
話が弾んできたころ、センリの番を待っていた医療機械の端から中学生くらいに見える少女が顔を出した。
テッセのヘルスケア的なメイク、メイタのビジネス然としたメイクと違い、派手で人目を引くメイクだが、それがよく似合ってる。
「ねー、つぎー」
待たされてる横で楽しそうな雑談が始まったせいか、派手な顔が不満げだ。
「あと、うちの兄がデータ見て引っくり返った。
そこの二人が持ってきたデータにも興味津々で、ここに飛び込んできかねないからハリー、ハリー」
「すまん、いま行くよ」
パンツだけになったセンリがパーティションの裏から出てくる。
子供にしか似合いそうもない素っ気ない白パンツ姿なのに、愁いを帯びた雰囲気のせいで妙に大人っぽく感じる。
ユウキ以外の全員がため息を同期させた。
センリは意に介さず、ランウェイを進むようにトライスキャナーへと足を運ぶ。
「上はよかったのに」
「ブラトップのキャミソールなんでね。
女しかいないし、まあいいさ」
「似たような顔と体格なのに、あっちと全然違うね」
あっち呼ばわりされたことを察したユウキが向こうでちょっとむっとする。
表情を読んだ少女が機械の影から出て、礼儀正しくお辞儀した。
「私はフォクシー・ナイトレイ。
よろしくね、ユウキ。
――ユウキもセンリも同じだけど違ってて、どっちも可愛いよ。
わたしは可愛いの好きだな。
ね、ユウキはこういうのに興味ある?」
フォクシーがクルリと回って見せた。
可愛らしい靴がタップし、複雑な造形のレイヤースカートがふわりと揺れる。
「ナイトレイさん?
ボクたちの足はバイクだからスカートはちょっと。
それに履き慣れてなくて……」
「フォクシーでいいよ。
うーん……ユウキは『女の子』嫌い?」
「自分以外なら、人によるかな。
自分のことなら……まだ諦められない。気持ちが付いてこないよ」
後ろでセンリが検査ベッドに登る。
ふりふりと動く可愛いお尻を見つめながら、ユウキが疲れた溜息をついた。
横になったセンリが苦笑いする。
「ユウキ、人の尻みて落ち込むのは止めてくれ」
「最近伯父さんの昔の姿を思い出しても可愛く感じるようになってきた」
ユウキもトライスキャナーに近づき、横たわるセンリの身体を見下ろす。綺麗という言葉しか出てこない。
「どう感じるかは任せるが、忘れないように頼むよ。
オレも覚えてるから。
でもユウキが可愛いのは昔からだったな。
クソ姉貴の子供とは思えないくらい素直で、よく懐いてくれて」
「伯父さん気前よかったからだよ。物欲。
あとお母さんみたいに色々うるさくいわなかったしさ」
「はじめるよー」
スキャナーが動き始めたので会話が中断する。
パンツ一枚のまま寝転んだセンリの身体にレーザーがグリッドを描き、医療情報を超高速で収集し始めた。
「あー、こっちもか」
ポット脇の医療用シールドに隠れているフォクシーの小さな呟き。
離れようとしたユウキがその場で立ち止まった。
下着姿のまま腰を落ち着けようとしてるユウキに、テッセが慌てて駆け寄る。
メイタも一緒に付いてきた。




