第4話《4》
乱立する精密ワークボックス、各種ナノアナライザー、他種多様なNMプラント――
元冷凍倉庫にぎっしり詰めこまれた機材の全ては、中央にある三つの巨大シリンダーへ繋がっていた。
シリンダー内には各一体ずつ、キマイラが浮かんでいる。
ウオズミがコンソールの前で汗を拭った。
「プライマルNMだけでは足りないのか……?
また実験材料を集める必要があるな」
男がコンソール脇の写真立てへ疲れた視線を飛ばす。
写真には可愛らしい少女が写っていた。
そうやって懐かしい思い出に浸るように表情を緩ませていたウオズミの背に、唐突に声が掛かる。
『リソースの潤沢なことで』
「――だ、誰だ!?」
自分一人しかいないと信じ込んでいたウオズミが激しく動揺する。
慌てて周囲を見渡すと、中二階から続くキャットウォークを黒と白の大男が二人、ゆっくりと降りてきていた。
「侵入者……馬鹿な、監視装置は!?」
「喰ったよ」
ベロボーグが口を大きく開けた。普通では開かない角度で大きく展開する。
「くそっ!」
ウオズミがテーブルにあった拳銃を引っつかみ、無造作に撃つ。
弾丸はタンクの一つに命中し、跳弾の火花が連続した。壊れたら大変なことになりそうな背後の機械群にも命中し、逆に白黒が動揺する。
「おお、お前、死ぬ気か!?」
「ええい……ブラキベルマ、行け!」
チェルノボーグとベロボーグたちが慌てて物陰に隠れ、代わりに影で控えていた少女が飛び出す。巨大なスパイダーリガーを展開させながらウオズミの頭上にポジションした。
ブラキベルマと呼ばれる少女とウオズミの目があった。
「ジェイド……?」
動揺したウオズミが写真立てを倒す。写っている少女はブラキベルマにそっくりだった。
歓喜に沸くウオズミの手が少女へそっと伸ばされる――
『……』
だが手は完全に無視され、黒衣の少女が無造作にリガーを叩き込んだ。
直撃でコンソールまで吹き飛んだウオズミが、鼻血を腕で拭いながら黒衣の蜘蛛少女を見る。それでも目には慈愛が籠もっていた。
「生きていたんだね……!」
ウオズミが手を握りしめると、コンソールに隠されたスイッチカバーを叩き割るように物騒なデザインのボタンを押した。
緊急事態を示すコールが鳴り響く。
装置類が作動し、各シリンダー内の液体が一気に赤くなった。
白黒の顔が驚愕に歪む。
「緊急停止ボタン……じゃねぇ、逆かよ! なんだそりゃ!」
「ウオズミ、お前そんな無茶やるような性格だったか!?」
うろたえる白黒たちに侮蔑の嗤いを投げかけながら、カバン一つだけを持ったウオズミが蜘蛛少女の手を取って扉に飛び込んだ。
――が、少女は手を振りほどくと、扉の中へ戻る。後ろ髪で扉が閉じ、自動ロックされた。
『ジェイド、扉のパスコードは君とボクが初めて出会った日付だ!
早くここを開けて、こちらへ……』
ウオズミの声が扉の向こうから響く。
ベロボーグが扉に向けて重い機材を物凄い勢いで投げつけた。
衝撃に沈黙が重なる。
どうやらウオズミは逃げたらしい。
「誰が逃がすか――む?」
追おうとする白黒の背に物騒な気配が動く。
白黒が振り向くと、鮮烈な赤に染まったシリンダー内でキマイラたちが痙攣を始めていた。大量の泡とともに生体と機械の全身が脈動を始めている。
「赤い液体は……プライマルNMか。なんて贅沢な使い方だ」
「《シドの遺産》とウオズミの技術だよ。
あいつコレを作れるんだ、スペシャリストを自称するだけはあるってことさ。
で、そうなったキッカケがナナセファイルって話だよ」
白と黒へ向け、シリンダー内から歪んだ声が響く。
どうやらマイクでもあるらしい。
『ははははは!
そうだ、こいつらは《シドの遺産》から作り出したモノだ。
好きなだけ持って帰るがいい。
――ジェイド、君は早く逃げるんだ!』
分厚いシリンダーに大きなクラックが入った。
膨れあがって軟体動物のようになっていたキマイラたちが、脈打つ赤い不定形の固まりとして隙間から漏れ出してくる。
キマイラたちは金属を優先的に分解し、融合を仕掛けてくる。
まずはシリンダーの台座が不定に崩れ落ちた。
『てけ・り・り……てけ・り……』
始まった融合により崩れたシルエットを波打たせつつ、一体がチェルノボーグの足へ不定の腕を何本も伸ばした。
悪夢みたいな光景だが、チェルノボーグは微動だにしない。
「ふん……」
鼻を鳴らすと腕がチェーンソーに変形する。
ソーはエンジン部が大型化され、より凶悪な仕様になっていた。
「オレたちは同化できねーよ。
それより新しい腕分だけ味見させて貰うぜ」
鋸刃がキマイラの一体に叩きつけられ、血と肉片と金属屑を撒き散らす――と、思った瞬間に切断された部分に歯が生えた。巨大な顎を生成してソーに噛みつく。
「ほう?」
力尽くでソーを引き抜くと、キマイラの新たな顎もすっぱりと切断された。
自由になった黒が数歩下がる。
「やるねえ……
なら、こっちも受けてみるか?」
反対の腕もが不定に変形し、複数のバレルを束ねたオートキャノンへとフォームを変えた。
無造作に発射された光弾がキマイラを粉砕する。
「へっ、対NM用のスキャッター弾だぜ。
お前らのようなプライマルNMを露出してるタイプにゃエラく効く」
さらに破裂したキマイラの一部へ、わしっとかぶりついた。
肉塊を抉り、もぐもぐと咀嚼する。
後ろで別のキマイラと激闘を繰り広げていたベロボーグが振り返る。
「おい、食事前にロック開けてくれ」
「1224」
無造作にチェルノボーグが答えると、扉があっさりと開いた。
ベロボーグが苦笑いする。蜘蛛少女は無言。
「クリスマスイブに出会ったのか、ロマンチックなことで。
――ブラキベルマ、追ってくれ。こっちは残りを片付けてから行く」
追跡を命じられた少女は待機していた天井を物凄い早さで移動し、扉の中に消えてゆく。
チェルノボーグも後を追おうとして、テーブルにあった写真立てに気付いた。
奇跡的に無事だった写真には、ブラキベルマと言われた少女が着飾って写っている。
後ろからキマイラを解体し終えたベロボーグがサーベルを両手に抱えたまま近づく。透明な刃には、小さな雷が内包されていた。
「チェルノボーグ、それは?」
「ああ……生だとやっぱ不味いが、調理次第だと思うな。
オレはケチャップを押すが、お前は?」
チェルノボーグが口の周りをハンカチで丁重に拭う。
意外に少女趣味なデザインだ。
「すまん、塩胡椒派なんだ。
それより、さっきお前が持ってたボード状のモノは何だったんだ?」
「ただの写真だよ」
興味を持ったベロボーグが写真立てを覗き込んだ。
ウオズミの個人情報ならば収集する価値がある可能性があると思ったからだが、写っているのは単なる少女だ。
「こうしてると可愛いだろ?」
「なんだ、誰かと思えばブラキベルマか。
今の姿からは想像も付かんな。
――それより追うぞ、騒ぎが大きくなり過ぎた」
「そうだな」
チェルノボーグのソーが後ろで早々と再生したキマイラに叩き込まれる。
再びバラバラに砕け、血しぶきとともに中の死体が粉砕された。人工臓器から引っこ抜かれた頭部が床でバタバタと撥ね、やがて死体に戻る。
だが融合が解けたわけでもない。これで終わったかは分からない。
「オレたちも追うぞ。
――いや、オレも追うぞになるのか、この場合?
まあいいか」
出る直前にベロボーグが小さな爆弾をラボに放り込む。
二人が消え去った直後、扉の向こうで爆発の衝撃が響いた。
ラボにケミカルな炎が広がってゆく。自動消火も警報もなにもないまま炎は激しく燃え続け、やがてタンクに引火して倉庫ごと爆発した。溢れる炎の渦の中、熱を吸収した真紅のキマイラ同士が不気味に融合を始めてゆく――
*
「ユウキ、助けてくれ」
げっそりしたセンリの声が漏れる。
作りかけの医務室中央に鎮座する先進医療システムのベッドから這い出してきたユウキが慌てて振り向くと、目を赤く腫らしたテッセの胸でセンリが溺れかけていた。




